第61話 十番街

文字数 2,691文字

十番街
廃墟に住む者達が勝手に命名したものらしい。
廃墟を数で割り振って ~番目の場所である、としているだけだが 戦国時代宛らに領土を巡って抗争が絶えず、最も危険な区域だと言う事だった。
件のライブ会場は直ぐに分かった。
廃墟と言うよりは 世紀末の荒廃した街を思わせる。
腹にまで響く重低音が大気をうねる様に震わせ 幾本ものサーチライトの筋が夜空を切り裂き 極彩色の電飾看板が彼方此方に瞬いている。土地の所有者が 廃墟となった後も、其処に住まう音楽好きの子供達の為に電力設備を残し こうして広く開放しているのだと言う。悪事に使用される心配はされていなかった。此の一帯を取り仕切っている人物の脅威は広く知れ渡っている。
迂闊な真似をすれば二度と地上を歩けない。
仕来りを知らない人間が此処に来る事も無い。又 来たいとも思わないだろう。
紛争の絶えない地で 独自のルールを以て横行する暴力的な子供達。
蔓延する死病 日夜魑魅魍魎が跋扈し 絶えず命の危機に晒される ― そんな負の要素で出来た世界に等、誰が来たがるだろうか。
此処では非道極まりない行為も 其れが死を招く事になったとしても 咎める者は無い。一定の規律は存在するが 判断基準は其の時々に因って変動するのが常で 調停が自身にとって有利に働くとは限らない。

歩道橋の上で ビビットカラーの少女がマイクを片手に歌っている。
道路に放置された廃車を観客席代わりに、ボンネットまで埋め尽くして座る少女達から甲高い喝采が上がっている。爆音を響かせて、改造バイクのテールランプが赤い尾を引きながら走り抜け 居並ぶヘッドライトの白光は 夜空の星も敵わない程ギラギラと輝いた。
罅割れた道路の彼方此方で 野外ライブ用の小型機材を持ち込んだ少年少女達が好き放題に歌っている。喉から迸る様に思いの丈をぶつけ 共鳴したマイクからは電子音の悲鳴が上がった。自然大声を張り上げないと会話も出来ない為 会場一帯はあらゆる音の渦と化している。
一際目を引くのは 半壊したショッピングセンターの、半円形をした正面玄関の上階に陣取って歌っている者達だ。
天井は崩れ落ちて、全面硝子の外壁は跡形もなく全て綺麗に取り払われており、両側に聳え立つ折れた白い柱が遺跡を思わせる。開放感のある広場と化した此の場所こそがメインステージなのだろう。サーチライトも此の場所を照らす様に設置されていて 大勢の若者が真下に集結している。調和の取れた歓声が上がり 集った者の大半は此の場所に居る様であった。
廃墟とは言え、物資の豊かな場所に人が集中するのは当然の事で 「群れ」が多数存在すれば 捕獲屋も恐れて近寄らない。抗争に巻き込まれては「商売」どころでは無いからだが 人狩りの手からは逃れられても 安住の地とは言えない。
「死」とは常に隣り合わせだ。
此処に来ている若者の大半は廃墟に住まう者か 廃墟から出た後も縁が切れていない者か ― いずれにしろ此の場所では 音楽に対する礼節を重んじる事が優先されており 野蛮な行為は禁じられている。
唯 其の手の人間は何処にでも存在すると言うだけの事だ。
廃墟から出た者の多くは 彼方此方にチェーン店並に存在する矢鱈と名前の長い学校に放り込まれ 規則に則った生活を送る事で世間への適応力を養っていく。
百人にも満たない規模だが 此処に集って居る若者の殆どが十代で 「外」に出た者は自分達と同じ様に 下校後も帰宅せず、其の儘学生服姿で来場している。教室に着替えの詰まった鞄をこれ見よがしに持ち込む等、馬鹿のする事であり また、一旦寮に戻ってしまえば外出の許可を得るのは困難を極める。唯 刑務所程厳重でも無いので 下校後に「外」に出る抜け穴は幾らでもある。後で罰を受ければ良いだろう、と言う享楽主義の学生達の短絡的思考には学院も敵わない。如何したところで、鼬ごっこになるだけだ。
そんな群衆の中にあって、目を付けられる様な理由があるとすれば 何をしに来たんだ、と問いたくなる位の陰気さを醸し出している事か。
連れの少年は 時化た顔で此の場所に対する不興を表し 集っている人間を一歩引いた場所から見ている。
絡まれているのが自分だとは思っていないのか 完全な傍観者に徹していて 見かけによらず強かな性格でもあるらしい。
あの時の台詞を思い返してみれば 此の少年にはまだ隠された引き出しが在る。
残念ながら、学院生活も此の少年を変える事は出来なかった様で 世の中に溶け込める様なコミュニケーション能力は多分に不足している。
自然 受け答えする役割を押し付けられた形になっているのだが ―
此処に来た時も 変わりない心情である事は分かっていた。
不変の無関心振りだ。
其れが 一概にそうとも思えなくなって来た。
心此処に在らずと言った様子で 油断の無い目が上空に注がれている。

此の少年は 「何か」を感じ取っている
ありふれた脅威ではなく もっと異常な「何か」を感じ取っている
甜伽は役に立たないと言っていた
確かに 何時、何処で、どうなるのか はっきりとした事は分からない様だが
― 予知、か

「おぅコラ、聞ーてんのか?てめぇに言ってんだよ!」
先ずは 眼前のハイエナをどうにかする必要がある。
学生では無い。より厄介な在住の者だ。
追従したハイエナ共が吠え立てる。野性と同じく 此処でも数が増せば其れだけ脅威に繋がる。其れが 旨そうな獲物を見つけたと言わんばかりに、一人又一人、とにやにや嗤いながら群がって来たのだ。
さて 如何するか。
「聞いてるけど、何?俺等にどーして欲しい訳?
「つーか お前さー、此処出禁じゃなかったっけ?
「ロクスケ」
最後の嘲り言葉を 相手と同じ嗤い方で返すと
「…てめぇ !!」
怒りに言葉を失い 案の定 ハイエナ男は血管の浮き上がった怒りの拳を振り上げる、と言う暴挙に出た。



速まってゆく鼓動が 「其の時」が来た事を教えている。
   何処だ
瓦礫と成り得る物は其処彼処にあるが 幾ら上を見上げても、崩れ落ちて来そうなビルは見当たらない。だが 瓦礫の下敷きになっている様を「視た」。
少女が歌う歩道橋の下にもバイクの連中がたむろって居るが 違う。歩道橋では無い。
   あれは 倒壊したビルの瓦礫だ
其処まで分かっているのに。弐弧を置き去りにして 街は走馬燈の様に回り出した。
カウントダウンが始まった。
   駄目だ 間に合わない  ― 
どくん
時が静止する。
巨大な墓石の様に聳え立つ廃ビルの屋上に 黒い人影が見えた。

黒のスーツに 長い黒髪をなびかせて
女が弐弧を見ている
目が合うと 女の紅い唇が 横たわる三日月の様に笑んだ

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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