第11話 多武二明

文字数 3,313文字

カーテンを閉めていなかった所為で 部屋中に差し込む強烈な陽光に無理矢理起こされた。
冷房は効いているが真夏の陽光は其の上をいく。
弐弧の部屋は東と南の陽があたる。
西陽でないだけまだマシだが 真夏の陽は燃え盛る炎の様に熱く 白光が刃の様に鋭く刺して来る。
苦々しげに呻きながら、弐弧は目を腕で被った。が
不意に 昨夜の出来事が一気に思い出され 瞬時に目が覚めた。
何処か遠いところから 其処彼処で目覚めた寮生達の話声がくぐもって聞こえて来る。
自分の部屋だけ別次元に在るかの様だった。
此れ迄の出来事は何もかも夢じゃない、と頭の何処かでは分っていたが 何時もの様に陽が昇り 何時もの朝を自分の部屋で迎えていると やはり夢だったのではないか、とさえ思えて来る。
「っ …!
起き上がろうとして右足に激痛が走り、崩れるように座り込んだ。あの後また意識が落ちたらしい。
喰われたとしても気付かぬ儘逝っただろう。
身体中が痛んだが 呼吸を整えて何とか立ち上がると 覚束無い足取りで洗面台に向かった。
冷たい水で顔を洗うと意識がはっきりしてくる。手酌で水を飲むと止まらなくなった。酷く喉が渇いていたらしい。
洗面所の鏡の中に映る自分は 疲れ切った青白い顔をしている。
溜息を一つ吐くとかけてあったタオルで顔を拭く。
何気なくベッドの方へと足が向いた。其処には 夢では終われない「もの」が在った。
少年の方はより血の気のない顔色で どう見ても屍其のものだが、顔の痣は昨夜より薄くなっている。
側頭の傷口も塞がっており 雨が血を洗い流してくれたおかげで凄惨さに目を背けずに済む。
此の少年も傷の治りが早いようだ。つまり
生きている ―
「其奴 死んでんの?」
唐突に真横から声がして
「うわああ !?
弐弧は驚声を張り上げ 我知らず飛び出した自身の大声に迄吃驚させられた。
咄嗟に身を引いた弐弧の傍らで がっしりとした体格の少年が、腰を曲げてベッドを覗き込んでいる。
「アキ!?
多武二明(とうの つぐあき)とは同じクラスだ。
世話好きで気さくな性格は誰からも好かれている。所謂クラスのムードメーカーで 同時に責任感が強く、何があっても最後までやり遂げる強い意志の持ち主であり 失敗しても挫けない。学級委員長を決める時 誰もがアキの名前を書いた。
「如何したよ?」
「すげー怪我してんじゃん 何かあったのか?」
大仰に声を上げる。アキの仕草は大体からしてそうなのだが どうも此れは天然らしい。
「え … あ 此れは… その
何と答えたものか。弐弧は口籠もった。
「いや お前全然出て来ねーし もう飯の時間もそんなねーのに
「何かあったんじゃないかと思ってよ
「呼びに来たらドア開いてたから」
昨夜鍵を閉め忘れたものらしい。そんな事にまで頭が回る状態じゃなかった。
今更自分の失態を責めても仕方無いが 施錠の確認をしなかった事が悔やまれる。
「誰だよ?此奴」
「だ 誰って
知る訳が無い。昨日会ったばかりだ。
「此奴は
廃墟の化け物 ―
「廃墟の … 
駄目だ。言うな。
「ダチ で
咄嗟に噓を吐くから上手く言葉が出て来ない。こう言う事には本当に要領が悪いのだ。
弐弧の「能力」は噓には発揮されない。
「ダチって。怪しいなぁ。弐弧 お前まさかそっちか?」
「おい!」
冗談だよ、とアキがケタケタ笑う。
だが アキのおかげで改めて此の少年の存在を実感させられ 其れに際して、昨夜の記憶が脳裏に蘇り 胸を締め付けた。
正直な所 此れから如何したら良いのか分らない。
「申請してやったら?」
アキが弐弧の心を読んだかの様な助言をして来た。
アキはたまに鋭い直感力を発揮して来るので下手に隠し事をしていると肝が冷える。
「申請?」
だが此れに関しては何の事か分らず 弐弧は素直に聞き返した。
「いや 入寮と入学のさ
「廃墟から連れて来たダチなんだろ?
「そんなら ちょこっと紙書くだけで直ぐ申請通るし
「超カンタン」
アキは文字を書く仕草を交えて教えてくれた。彼は人に頼られるのが何よりも好きな性分なのだ。
だから自然色々な知識を得るに至っている。
対して 自分は興味の無い事には疎い。抑も知る努力をしない。
知っておいた方が良い様な事でも 面倒になると直ぐに放り出してしまう。
行動派のアキは何にでも興味を持ち 分らない事はとことん調べ上げる。
アキは他人の為に苦も無く奔走する事が出来る人間であった。
「あ  そう …
弐弧は何となく気恥ずかしくなった。
「起きたら教えてやったら」
「そうだな。そうする」
「てか
アキが急に真顔になって凝視して来たので 何か感付かれたのかと緊張が走る。
「お前も申請出したら?」
「何か痛そーじゃん。其の足
「無理しないで暫く休めよ
「取り敢えず 俺が行って申請書と朝飯貰って来てやるからよ
「お前は問題起こした事が無いからな。直ぐ取れるよ
「何より 飯食いっぱぐれたらたまんねーもんな!」
裏表のない性格 底抜けに明るい笑顔はアキの専売特許だ。
アキは任せとけ、と言い残し 意気揚々と部屋から出て行った。
うまく切り抜けられた事にほっとすると 飯の一言で思い出した様に空腹が襲ってきた。

学院の食事はきっちり三回提供される。昼は学食だが 朝と晩は寮内にある食堂で食べる決まりだ。
強制ではないから食べる食べないは個人の意思が尊重される。
朝は部活動をする生徒の為に四時から始まり 朝食で始業時間に遅れる、等と言った事が無い様にきっちり七時半になれば 例え食事を終えていなくとも追い出される。
夜は十七時から二十時まで。此れも二十一時が就寝となっているからだ。そんな時間に寝る者など殆どいないが 自分の部屋には必ず戻っていなければならない。
休日はまた時間が違う。
配布される一ヶ月分のスケジュールをしっかり確認しておかなければならない。
知らなかった、は通用せず 空腹を抱えて過ごす事になったとしても全ては自己責任となる。
食事の時間内であれば何時に行っても構わないが 部屋に持ち帰りは出来ない。
部屋に持ち込めるのは休学申請をした者だけだ。
生徒に怪しい挙動がないか、おかしな仲間関係を築いていないか見張っているんだ
と以前アキが秘密めいた口調で話してくれた。

此処はもう廃墟じゃないからな
貢がさせられたりとかよ ほら世紀末とかになったら絶対出て来るだろ
デブの悪漢
この前映画で観たんだ あれスゲーあるあるだよなぁ で まずそう言うヤツを作らせない
「群れの仕来り」みたいな厄介なもんをやめさせようって訳さ
ボスってのは大抵デブの大飯喰らいだろ?此処じゃ食事の量は決まってるし
けどよー 幾ら何でも少な過ぎだと思わねえ?俺ら育ち盛りだってのにさ まぁでも
今更馬鹿げた仕来りにへーこらさせられんのも真っ平だしよ
だからこう言う規則もありっちゃあ、ありなんだろうけどなー


面倒見の良いアキのお陰で今日は休んでいられそうだ。
部屋に備え付けの救急箱を取り出して来ると自身の手当をする事にした。傷は大方塞がっている。
手際の良さと器用さにはいつも感嘆されてきたものだが 負傷している利き手は口を使いながら包帯を巻く羽目になり 何時もより手間取った。
紅い丸模様が白い包帯の上に滲み出す。
   此れの何処が夢だよ
何故 化け物だと分っていながら連れて来てしまったのか。
   目を覚ましたら如何するつもりなんだ?
   此処で一緒に暮らすつもりなのか?
アキの言う様に申請するのは良いが 果たして 紅い目で口から炎を吐く様な化け物が 人を襲わずに学校生活を送れるだろうか。現に此奴はサビ子を ―

弐弧は頭を振って 濁流の様に流れ込んで来ようとする昨夜の記憶と無益な問答を追い出した。
何も思い出したくない。考えたくない。今は まだ ―
不思議な事に 死んでいないのは分るが血の臭いもしない。衣服の血痕は雨が洗い流したとは言え 傷はまだ残っている。真夏に腐臭を放たれても困るが ―
眺めていても状況は何ら変わりはしない。気が滅入るだけだ。
何気なく振り返り 壁に掛かっている備え付けの単調な丸時計に目がいった。
七時を大きく回っている。鬱鬱としていた気分が一気に吹っ飛んだ。
   アキ!
   あいつ!人の飯を取りに行ってる場合じゃないだろ。バカ!
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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