第30話 赤毛の付き人

文字数 2,427文字

黒服の男達の中を弐弧と一縷は急流にのまれる様に後退していった。あの若い男が腕を取って引っ張るのだが 其の力が尋常じゃない。倒れても其の儘引き摺って行きそうな勢いなのだ。
元居た部屋に連れ戻されると 開口一番叱り飛ばされた。
「若!急に動かねぇで下せぇよ!暫くは安静にって先生に言われてるんスから!」
「若に何かあったらあっしが兄貴達に喰われちまいまさぁ」
異常な台詞を吐く。
「アンタも何食ってんスか、もう。ウチの鯉は食用じゃねぇんで」
一縷にも態度を変える事はなく デカイだけで旨くないのに、とまで付け加えた。
「あの … さっきから若、若って言ってるけど  ―
自分はそんな名前じゃない、と言いたかったのだが
「ああ、まだ言い慣れて無くてすいやせん。やっぱ若様って呼んだ方が良いスか?」
「其れとも若君の方が良いっスかね?若の好みを仰って下さりゃあ、そう呼ばさせて貰いまさぁ」
先程までの怒りは何処へやら 急にあっけらかんと軟化する。
「ウチに養子が入って来たのは此れが初めてなもんで まだ勝手が分からねぇんでさぁ」
「あっしも急にお前が付き人をしろ、なーんて言われて
等と世間話でもするかの様に陽気に喋り続けるのだが 話の内容がおかしい上に聞き捨てならない言葉が混じっていた。
「… 
頭に其の言葉が浸透するのに数秒を要し
「養子 …? 養子って
「え 俺?
自分を指さすと 男がこくりと頷く。
言葉の意味を理解するに至り 他人事ではなく、自分の事だと分かると 動転と怒りが一斉に吐き出された。
「は… はあ!!?何でそうなるんだよ!?」
「巫山戯んな!」
「誰が養子になんかなるか!」
眠り込んで起きなかった少年に勝手に「一縷」と名付けたが 自身も眠っている間に勝手に養子縁組されていたとは 因果応報とは此の事だろうか。混乱を来すには十分な衝撃発言だ。
「あれ?駄目っスか?」
其れに比べて何故此の男は此程までにのほほんとしているのか。神経を逆撫でする様な返答だ。
「当たり前だろ!
親の存在など必要とした事も無い。其れを今更
「何の真似だよ?!今更親とか言われたって迷惑なんだよ!」
自身の言葉に煽られる様に激昂してゆく弐弧に、男はたじろいだが
「けど、そう言われてもっスねー、ウチの掟にゃ拒否るとかねぇんで」
「は?!そっちが勝手に決めたんだろ! 拒否ったら何だよ?! 殺すとでも
「はぁ、そうなるっスねぇ。承諾するか、消えて貰うかの二択になるんで …」
冷静さを欠いた少年の口撃を巧みに躱しながら淡々と話を進めていく。
「言 … !
「!?」
激情の余り男の言葉をろくに聞きもせず、噛みつかんばかりに返しかけたが、自身の台詞に上乗せして さらっと恐ろしい台詞を吐かれた事に気が付いた。
「まぁ確かにどっちもあんまお勧め出来ねぇっスけどねぇ」
一縷と対峙していた男を見た時に 自分が何処に居るのか分かった。
青陽 と「映像(ヴィジョン)」の中で呼ばれていた男だ。其れならば 此処はあの蒼い眼の凶悪な男が居る屋敷に違い無い。
真逆 あの男の養子だとでも言うのか。
唯 「自身」は此処に居る事を望んでいる。一時は 一縷と二人で廃墟で暮らすつもりでいたのだが 此処は 一縷にとっても廃墟以上に安全な場所である、と自身が教えている。
唯 疑心暗鬼の上に成り立ってきた性格上 素直に受け入れられないだけだ。
「あっしがしっかり務めを果たしやすから!どうか嫌とか言わねぇで!」
人が土下座する姿など初めて見た。其れも 高校生相手に良い年をした大人が。
座り込むなり畳に額を打ち付ける勢いで赤毛の男に頭を下げられて 弐弧の勢いは失速し、今度は居たたまれない気持ちにすらなって来た。
「え、あの
「別に 其処まで …
しなくても、承諾する謂われはないが 然りとて拒否する理由を明確にしろ、と言われれば其れも無い。
異常な事態に即答する程までにまだ考えが及んでいない。
「其れは良かったッス!」
まだ承諾するとも何とも言っていないのに 喜色満面、がばっと飛び跳ねる様に起き上がったので、其れ以上続きを言えなかった。何と明暗のはっきりとした男だ。
「落ち着いたら若には学校の支度もして貰いてぇんで」
「学校?!」
目覚めてからまだ一時間も経っていないと言うのに一生分は驚かされた気分だ。
「学生の本分は勉強じゃねぇっスか。やっぱ学校は行っとかないと」
見かけに反して真面な事を言う。
「学校が辛いってんなら、あっしがずっとお側についてお護りしやすから安心して下せぇ」
四六時中付きまとわれては心の安まる暇もない。
だが ― またあの時の記憶が蘇って来る。本心なら行きたくない。
話の間 一縷は何時の間にか横になって眠っていた。壊れた玩具の様に
青白い顔にはもう生気を感じない。また暫く起きないのだろう。
一縷を化け物にさせているのは 他為らぬ弐弧自身だ。

自身の無力さが 一縷を化け物にし 狂わせている

自身の声を聞くまでもない 子供じみた考えでは 今の自分の力だけでは 一縷を護ることなど出来ない
生きていくために
利用出来るものは何でも利用する そう廃墟で教わって来たではないか

「… 
頭では分かっているのに 言葉は出て来なかった。
「そんな悄気ねぇで下せぇよ。酒持って来やしょうか?あ、女の子の方が良いっスか?」
とんだ見当違いを意気揚々とされ 弐弧は一層返事に困らせられた。

「あっしの名は欣(ごん)って言いまさぁ。今日から精一杯若の付き人を務めさせて戴きやす!
まだ齢三百年ちょいの未熟もんっスけど、以後宜しゅう頼んます!」
赤毛の男はそう自己紹介すると深々と頭を下げた。其の中には普通ではない言葉も含まれていたが 敢えて聞かなかった事にしておいた。
底抜けに明るい男で アキとはまた違った爛漫さがあった。今思えば アキのそう言った面は全て作られたものだったのだ。本当の顔ではなかった。彼処では 皆 本当の顔をしてはいなかった。クラスメイト達の馬鹿騒ぎも何処か空々しくて 教室はいつも寒々として馴染む事はなかった。
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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