第29話 青陽の憂鬱

文字数 2,350文字

「五嶺皇」の監察役 ― とは唯の名目で 要は誰もやりたがらない職務の押し付けだと無堂青陽は強く確信している。
此の騒ぎの元凶が 又もや蒼連会きっての悪鬼「伯城鷹司」であったのが 青陽の不幸の始まりであった。
鬼華の領地内に件の「堕鬼化した劫火の鬼」が居る、とは思いたくない。
だが 此の男ならやりかねない。人の嫌がる事を好んでする。
養子の報告も受けたが あらゆる仕来りも掟も破るのが常套の此の男が 此の冷酷無比な鬼が 此処に来て何故突然養子をとる気に等なったのか。一体 「何」を養子にするつもりなのか。
問題は山積だ。
「封域」で起った案件もまだ潔白ではないうちから またしても密告が入った以上 青陽の監査は止む終えない処置だった。
濡れ衣を晴らせる日など永久に来ないだろうが ―
「禍源の封域」は蒼蓮会でも本部 更に一部の限られた者のみが 立ち入りを許されている。
そもそも此の地は 「禍い神」が封じられている場所を中心に 大円を描き「封域」とし、其れが「本部」の管理する領地。
更に円の周囲を固める様に それぞれの「長」の領地が在る。
周りを陣取るのは「五嶺皇」と呼ばれる特別な存在。

其の「五嶺皇」の一人 鷹司の領地も当然ながら封域に面している。
黒い灰に冒されれば 鬼だとて無事では済まない。
だが 立ち入る事を禁じた所で
此の男は行きたい時に行きたい場所に行く。
最早 神でさえも此の男の悪行を止める事は出来ないのだろう。

一縷の望みも絶たれて青陽は天を仰いだ。
此の先永遠に 黒鬼の屋敷は青陽を歓迎しない者達が集う場で在り続けるのだ。
先陣を切って出迎えたのは 鯉を咥えた紅い目の少年であった。
此方に背を向けて立っていたのだが 険悪な目を向けると 鮮血の様に赤々とした其の眼が ぎろりと訪問者を睨めつけた。
攻撃的な毒蛇宛らに 眼球に獲物を映して動向を窺っている。
獲物がともすれば脅威にもなる、と踏んだ目が細まって 敵意を露わにした。
咥えていた鯉が一瞬のうちに紅い炎に変じ みきみきと音を立てて猛禽の如き鉤爪が開かれてゆく。
「一縷!」
堕鬼にしてはなかなか良い名ではないか。但し 望みは希望ではなく絶望だが。
同じ年頃位の少年が堕鬼の前に立ちはだかった。無論
青陽を此のいかれた堕鬼の攻撃から護る為ではない。本能的に仲間を庇ったのか 其れとも ―

「鬼眼」を持つ者は
遥かな時代から 其の特異な能力を重宝されるか 忌み嫌われるかの二択しか無い。
だが実際の所 「鬼眼」だけでは唯の能力者だ。
「鬼魂」を得る者は 他者とは違う「何か」を持っているのだろう。
「鬼」は人から成る。だが
例え「鬼」の魂を得たとしても 此の病んだ御時世には勝てない。
簡単に負の念に喰われ 多くは悪鬼と為り果てて 挙句が人間に始末される者まで出て来ると言う有様だ。
蒼蓮会に属する者であっても其れは変わらない。
大半は「鬼眼」だけの者で 「鬼魂」を宿して狂わずにいる者は一割にも満たない。
「鬼眼」も馬鹿には出来ない能力なのだが ―
こんなクソガキでさえ持っている。
玖牙が報告して来た逃走中の少年だろう。
あの男も要注意人物だ。不変の不快な笑みと頭の悪そうな言動はあの男の仮面に過ぎない。
報告は受けたが 電話口からほくそ笑んでいる顔が見える様で、真面に取り合う気にもならず 書面での提出を要請するに至った。其れすらも あの男の思う壺なのだろうが。
抑もにおいて 玖牙にねちねちと厭味を言われる迄も無く 疾うに手は打たれていた。
学院の事件後 少年達に対する「回収」命令は速やかに下されたが あの堕鬼が何処に「飛んだ」のか掴めず 其の「気」は死人並みに密やかで ― 幼少時に見失ったあの時と同じ様に 姿を眩ませたのだ。
早くから全域に網を張っていたにも関わらず 二人の行方は知れない儘、焦燥に駆られ始める程時間を取られた。
其れが第一の敗因だ。
第二は二人が逃れた地が、要所から外れた最果てのエリアだったと言うだけでなく 鷹司の女版とも言える女傑が治める領地であった事だ。命を受けたところで承諾するか否かは女傑次第。領地には気高く好戦的な雌共が放たれていて、同胞であろうと足を踏み入れれば喰われかねない。実際、入り込んだ者達は少なからず足止めを食らった。忌々しい事に
喰われた者が居なかったのは幸いであった、と言う程度に実害を被った。
第三が先に二人を見つけたのが玖牙であった ― 鬼子の「予知」に因って此方の思惑が悉く外れたのだとしても 平凡な鬼子と死に損ないの堕鬼を相手に此の態では頭を抱える他無い。
差し向けた追っ手が漸く足跡を捉えた時には無間地獄に入られた後で 抜きん出た「回収屋」ですら、最後の最後で玖牙の悪計に嵌まってしまった。
あの男が端から二人を黒鬼の領地へと逃がすつもりだった事実は既に明白。
此の少年の「能力」を利用してまんまと成功させ 最悪の事態を引き起こしてくれた。
咎めたところで無駄なのも分かっている。
あの男の事だ。逃げ道なら幾らも用意してあるだろう。

少年の鳶色の目が薄らと蒼味を帯びている。
千里眼 と言う程の脅威となる「力」も無さそうだが。危機的状況への対応が早いところをみると何かを「感じ取った」のだろうが 自分で自分の行動を読めないと言う御粗末なものだ。
前に立ちはだかった所で 此の少年の命を獲るのは蝋燭の火を吹き消す程に容易い。
唯 こうなる事を「予知」していたと言うのなら大したものだが。
三人の周りを埋め尽くした黒服の男達は鷹司に心酔した「狼」共で 本部の命にも一切応じない。
青陽が本気を出せば狼共の屍が屋敷よりも高く積み上がるだろうが 其れを以てして主を護る壁と成す程の気概を持った連中だ。
やれやれ。
「手出しはしませんがね 訳は聞かせて貰いますよ」
「当然でしょう?」
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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