第20話 堕鬼の正体

文字数 2,126文字

「要因ですか?」
「そうだなー…
男は勿体振った間を開ける。
「多分に 誤った情報に因るものかな?」
黒い狐に身を凭せかけ 黒いスーツの男は涼しげな顔に微笑を浮かべ 軽々しい口を利いて焚きつけた。電話の内容は男には馬耳東風も良いところであった。狐の髭を弦の様に指で弾いて弄ぶ。男の顔には揺るがない笑みが張り付いている。
「百鬼弐弧が三の凡なんて判断自体が端っから誤りなワケだし 其の後もガセネタのオンパレードじゃないですかー」
相手がうんともすんとも言わないので 男の口の利き方も自然厭味なものになるが 男は何に対しても一矢報いるのを好む。
「ああ そう言えば
「百鬼弐弧と連れ立ってた堕鬼ですが ― 十年前に其方の失態で逃げられちゃったーって言う例のコですか?」
「あれー?図星?味方にまで隠し立てするなんて酷いなぁ。正に鬼の所業じゃないですか」
「こっちは危うく魂まで丸焼きにされるとこだったんですけど?」
「其方さんにしたら 地方のエリアリーダー如きじゃ捨て駒ほどの価値もないんでしょうがね」
「昨今は掃いて捨てるほど鬼子が生まれて来る」
「後釜は選り取り見取りってワケだ」
厭味が何時しか愚痴に切り替わり 鬱憤を吐き出した所で
「御愁傷さま」
抑揚のない声で簡潔な返答が下された。全く何処までも頭に来る上司だ。即座に会話を打ち切り浴びる程酒でも呑まなければ 此の苛立ちが消える事は無いだろう。
「頭のいかれた鬼が馬鹿の一つ覚えみたいに向かって来たんだったら瞬殺でしたがね」
「其れが ― 真逆【劫火の鬼】とは」
「僭越ながら申し上げると 上は当然存じ上げていた筈なのに 下っ端には何の報告も必要ないって愚断は猛省案件ではありませんか?」
「いや、存じ上げてませんでしたがね」
堪忍袋の緒もそろそろ切れそうだ。此の言葉が噓なのか真なのか 此の飄々とした監察官の言う事は今一つ信用出来ない。寧ろ 馬鹿に為れている様な気さえしてくる。こうなれば最早此方も業腹を納める気は無い。
「ははぁ… 成程 そう言う事でしたら
「次の議題は うっかりミスで逃げられた劫火の鬼の鬼魂を宿した子が堕鬼になっちゃって、今や大惨事の危機に瀕している件について、とでもしたら如何ですか?」
「はぁ 提案してみますよ」
気怠そうな声が返って来る。
「百鬼弐弧の鬼眼も採点が甘過ぎる。此方の行動を読んだ上に 其れが畏るべき破壊神とリンクしてるんですよ?」
「唯の」堕鬼だったなら 数多の敵に包囲されていようが 策略もなく手当たり次第に攻撃して来ただろう。
あの堕鬼に声が出れば さぞや雷鳴の如き唸り声を上げているのが聞こえた事だろう。
頭のいかれた堕鬼に劫火の黒焰を上げられては 此方としても迂闊に手を出せない。此処は相手の出方を見るしか無い、と身構えていたが 攻撃しようとする気配はあるものの、何故か其の場から動こうとしない。
宛ら 鎌首を擡げた蛇が 此方の動向を窺い、絶好の機会を狙っているかの様だった。
そんな馬鹿げた話があるだろうか。
堕鬼が考えて行動している、等と。恐らく 百鬼弐弧の思考と連動しているに違いない ― 試してみれば 其れ以上に、此の堕鬼は百鬼弐弧に対して何らかの感情を持っており 傷つける様な真似はしたくない様だ、と分かった。百鬼弐弧が男を突き放したタイミングで襲って来たのが良い証拠だ。
本気で百鬼弐弧を護ろうとしたのなら、堕鬼としてはかなりの異端児だが どうもそう言う事らしい。
「あの鬼眼は鬼を操る事が出来るのか あの堕鬼だけに繋がってるのか ― 
「此れで凡だなんて あんた方の判断基準はどうかしてる」
男の皮肉は最後の最後まで誘惑に抗いきれなかった。意地の悪い笑みが顔に広がる。
「ああ 若しかしたら
「あっちこっちで散々な目に遭わされちゃってるから 急激に鬼化が進んでしまったのかな?」
「あんまり小突き回すと覚醒しちゃうんじゃないですか ― 千里眼」
冷笑される事を好まない電話口の相手は此れで通話を打ち切るかと思いきや ―
「其れはどうも 御丁寧な忠告痛み入ります」
職務怠慢にも程がある様な台詞を吐いておきながら
「で、此れからどうされるおつもりで?」
「別に行動は強制しませんが 挽回の算段があると言うのなら一応お伺いしますよ」
「ああ ないなら結構、と申し上げますがね」
冷酷に咎め立てて来るから堪らない。
「…はいはい 分かりましたよ」
男は今や辟易していた。
無堂青陽は喧嘩をふっかけたくなる様な風貌の持ち主だが 人を嫌な気分にさせて、反論する気力を失わせる言動能力に長けているからこそ、此の地位に就いているのだろう。
「まだ鬼葬衆に収集はかけてないんでしょう?」
「なら此方で善処しますよ 前向きにね」
投げやりに政治家みたいな台詞を吐く。男は中折れ帽に手をかけると やれやれと顔の前に下ろす。通話を終えると精根も尽き果て 長い溜息を吐いた。
「巴さん おっかないからなぁ」
「あの人絶対俺ごと斬るだろうからねぇ?」
黒い狐たちは艶然と笑う。
「そりゃあさー 弐弧たんは良い子だから何とかしてあげたいとは思うんだけどね」
「まー、でも
「ああ言うのがぶっ壊れると一番ヤバイんだわ」
黒い狐たちは同意を示し 切れ長の美しい目を細めて男を見た。
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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