第26話 鬼姫 炎の円刀

文字数 1,796文字

呼び覚まさせてしまった。何たる失態 ― 

少女は髪を蒼く燃え立たせ 重力がないかの様にふわりと立ち上がった。
蒼い目は瞬ぎもせず 冷ややかに女を見ている。
まだ此の時点では 女は少女を見下していた。
少女の存在は 呪いの人形みたいな「物」だと甘く考えていた。現に
飛び交う炎の輪は人魂の様に鈍く 目障りなだけで、苦も無く躱せる様な代物にまで落ちぶれた。
最初に飛ばし過ぎて早くも打ち止めになったか。じわじわといたぶるよりも 即排除する、と言う戦い方には共感出来る。
だが長期戦になった時 「力」を保てなければ一巻の終わりだ。
やはり所詮は子供か。早合点だった様だ。此れでは拍子抜けも良いところだ。
硝子の檻の中に捕らわれて 行き場のない鮫の様に 炎の輪は回遊するばかりで 何の脅威も感じられない。
仕切り直してもう一度少女を捕縛しようと試みたのだが ―
恐れていた事が起った。
少女は鎖を躱そうとしなかった。微動だにせず
表情を失った顔 蒼い眼は女だけを冷たく見据え マネキンの様に唯其処に立っている。
襲い掛かる蛇の様に一直線に向かった鎖は鋭い金属音と共に大きく弾かれた。
唯の炎ではない。
炎の中に耀く刃が見えた。
少女の体をフラフープの様に回っているのは もう唯の玩具ではない。
蒼い炎を纏った円刀だ。少女は炎から武器を生み出した。
手負いになった少女が猛攻を仕掛けてくるのを待ち構えていたが肩すかしを食らい 傲り高ぶった思考が少女に対する危機感を取り去ってしまっていた。
気付いた時には既に遅く 上空の光景に全身の血が凍った。
暗い海に閃く白い牙が 今 女に向けられた ― 
空を埋め尽くして円刀が冷たく閃いている。繋いでいた糸が切れたかの様に音も無く落下して来ると 地を激しく轟かせ 空を切り裂いて 火車の車輪の様に走った。
何て「力」だ。
今や 全ての炎の輪が円刀と化している。ミキサーの中に閉じ込められた様なものだ。
あの幼い少女から一体どれだけの武器が生み出されるのか。
ドミノ倒しの如く矢継ぎ早に降って来た円刀を辛くも躱したが ― 少女の「罠」に嵌まった。
円刀に裂かれた地面がぱっくりと深く口を開けている。
下には地下水道があり 其処は
夥しい異形の首で埋め尽くされていた。地下から湧き出した首女とも対峙する事となったが 流石に対処しきれない。
歯噛みするほど悔しいが もう防御もままならなくなってきた。
全方向からの攻撃を受けた今 足掻くだけ足掻くしかない。
少女のヒステリックな笑い声が聞こえて来る。
「ばーか!死んじゃえ!」
「あんたなんか、大っ嫌い!」
「あんたなんか、死んじゃえ!」
牙を剥き出して叫き続ける。其の目に 負の衝動が満ちてゆく。
もう狂ってゆく自身を止められないのだろう。
少女の心が壊れた。終わりだ。
最早「回収」はもう一つの意味しか成さない。
其の「魂」を回収する。血に狂った「鬼」は始末するしかない。
此の命が尽きようとも 少女の「魂」を獲る。


「何が面白ぇ?」

巨大な「爪」が烈風の様に襲い 少女から全ての炎を奪った
其の魂さえも 剥ぎ取られたかの様に 
少女は茫然と立ち尽くしていた
此の世界に 自分の存在を感じられなかった
鼓動も聞こえず 流れ出る血も感じない
体の温かささえも 失われて

死 ―

ぽた と白い地面に紅い滴が落ちて丸い模様を作った。少女の血だ。

「どれだけ殺りゃあ気が済む?」
「人の命を奪う事が そんなに愉快か?」
「一体、其れの何が面白ぇって言うんだ?」

聞いた声だと思った。だが
あの時とは違う。凶悪な笑みは其の儘に 切っ先の様な鋭さを持った其の声は 少女への怒りに満ちている。
ふてぶてしくて、何の面白味もない大男。
あの大男が 少女を殺す蒼い炎を纏った大刀を手にして立っている。
女はぐったりとしていたが 金毛の巨大な狼によって地下から救い出され 死を免れていた。地下の化け物たちは 黒い狼に首を引き千切られては耳障りな悲鳴を上げている。
巨大な黒狼の群れに襲撃され 地下水道は阿鼻叫喚の場と化していた。

「一寸ばかり おいたが過ぎるようだな、お嬢ちゃん」

少女の白い牙が閃いた。

女はもう立ち上がる事も出来なかった。少女の次なる攻撃に備える事も出来ない。
此の戦いは声の主が引き継いでくれるだろうが 其れでは回収屋の面目が丸潰れだ。
声の主が誰だかも分かっている。自身の無様な姿を見られた事を女は激しく恥じた。

戦って死んだ方がマシだ ―

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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