第62話 壊れゆく世界

文字数 2,360文字

ねー!
見てよ!此れーー!!

錆色の髪の少女が 息を切らし、頬を上気させて 乾いた大地を駆けて来る。
両腕で大量の缶詰をしっかりと抱きかかえ 瓦礫の上に座って遠くにある街を眺めている少年に向かって声を張り上げた。

うおおー!!マジかー!
でかした!サビ子

少年は少女が抱えている缶詰の山を見ると、喜びに顔を輝かせ 勢い良く立ち上がって賞賛の言葉を負けじと声高に返し 積み重なった瓦礫の山を身軽に飛び降りて行きながら、少女の元へ向かった。

ふっふーん どうよ!スッゴいでしょー?

此処までずっと走って来たのだろう。埃だらけになった顔から黒い汗が流れ落ちている。
頭の天辺から足の爪先まで 全身薄汚い黒色に染まっていたが

てか お前、真っ黒じゃん
サビ子じゃなくてクロ子だな

いーの!頑張った証なんだから!

少女は咲き誇る花の様に明るい笑顔で得意気に胸を張った。

ね 茶々丸、どれが好きかなあ?

瓦礫のテーブルに缶詰を並べ 両手にとっては見比べて また次の缶詰を手にしては一心に吟味している。

―  サビ子

此れなんか良いんじゃ無いか?
字は分かんねーけど、何か旨そーじゃん

― ブッチ

サビ子 見ろよ、此れ。茶々丸に似てるだろ?
次にあいつが来たら 土産にくれてやろうと思ってよ

少年は 拳大程の目つきの悪い茶虎の猫の縫いぐるみを手にし、悪戯な笑みを見せた。
楽しげに笑う二人の声が 灰色の空に響き渡る。

どーしたの?茶々丸。また嫌な夢でも見た?
― 夢 ?
唯の夢だろ 茶々丸
いつまでも寝惚けてんじゃねーぞ
― 唯の 夢
ほら、しゃっきりしろ
― ああ、悪い
  そうだよな
  お前らが死ぬ筈ないのに
  どうかしてるよな 俺
何だ 全部夢だったのか
今までの事は全部 唯悪い夢を見ていただけだった ― 
なのに 何故 何時もの作り笑いをするのだろう
何故 声が震え 涙が溢れそうになっているのだろう

行くぞ 茶々丸!
ほらー!早く来ないと置いてっちゃうよー

ブッチが歯を見せて耀く太陽の様に笑っている
サビ子が口に両手を添えて零れる陽射しの様に明るい声で呼んでいる
其の後ろから
歪んだ永遠の闇の中に捕らえる 永久に出られない檻となって 廃墟の色濃い影が二人に迫って来ていた

― 駄目だ
  サビ子 ブッチ 
  そっちへ行くな

駆け出そうとした弐弧のシャツの裾が くん、と引かれた。
振り返った目に 幼い少女が、手折れそうな程細い腕を伸ばしてシャツの裾を掴んでいる姿が映った。
透き通る様に白い肌 濡羽色の長い髪は地面まで届いて、尚其の先が見えない。
表情のない顔。悲しげな黒い眸が、弐弧に何かを伝えようとしている。
此の少女を 自分は知っている。
なのに 思い出せない。
思い出そうとすると 記憶は端からするりと逃げてゆく。
だが 今は記憶を追い掛けている場合ではない。

二人が直ぐ其処に居て 弐弧が来るのを待っている

帰ろう ― 茶々丸
此処があたし達の「家」だよ

前に向き直ると 二人の姿はもう何処にも無く 其処には 唯深い闇が在るばかりだった。
弐弧の目は 前ではなく、上を見ていた。
冷たいアスファルトの上で 仰向けに倒れている、と言う事だけは直ぐに理解出来たが 何の思考も伴わない儘、体は勝手に起き上がり ぼんやりと辺りを見回している。
痛みも感じ無い。感覚は何一つ無く 心は何も感じていない。
自分の居る世界ではない何処かを 舞台上に作られた構造物を見ているかの様に 瓦礫の合間から、オレンジ色の炎がちろちろと舌を伸ばしているのを眺めて居る。
憑かれた様に立ち上がると 其の場に立ち尽くした。
闇よりも もっと黒い影となって浮かび上がったビルが、静寂の中に聳え立ち 陰気な檻となって弐弧を取り囲んでいる。周囲は折り重なる様に倒壊したビルの巨大な瓦礫に埋め尽くされて何も見えない。時折 コンクリートの小さな破片が転がり落ちる乾いた音がしたが 其れ以外に音を立てるものは無かった。
ぴしゃ
ローファーの足先が水溜まりを弾いた。
其れは 闇の中から現れ 冷たいアスファルトの地面をじわじわと侵蝕し

   やめろ
   来るな

方々の瓦礫の下から 音も無く 水が意志あるものの様に這い出して来て 弐弧の足元に紅い水溜まりを作った。

どうやっても結局 バッドエンドにしかならないんだよな

― 慧

「…  っ!!

誰一人助けられない

「何なんだよ!くそがあ!」

何一つ変えられない
無力な自分さえも

打ち勝てない負の感情に涙が溢れ出し 止まらない。
同じだ。何も出来ず 誰も助けられない  あれから何も変わって等いない

「予知」した自分だけが 生き残って ―

甜伽の言う通りだ。自分の「力」は何の役にも立たない。

そんな事は 疾うに分かっていた筈なのに ―

何故 何の考えも無く 断片だけの「予知」で止められる、等と安易に思ったのか。
大方 危機に陥れば、自身の「力」が必ず回避策を見出す筈だ、と甘い考えを抱いていたのだろう。
   馬鹿だ
懇親会で少しばかりうまく立ち回れたからと言って 何時の間にか己の「力」を過信していた。たった一度、戦えた位で 良い気になっていた。
同じ事が起これば 同じ結末を見るだけだ。
勘違いして 勢い込んで
日々を唯無気力に生きているだけの自分に 世界を変える力などありはしないのに。
   何が運命を変えるだよ
   何時もの様に 無関心でいれば良かったんだ
   運命が変えられないなら 自分を変えたって意味ないだろ
   そんな事も分からないのかよ
不意を打って 此の場にそぐわない軽快な音楽が鳴り響き 心臓が跳ね上がった。
固定電話では無い スマホの着信音だ。其れも
自分のシャツの胸ポケットで鳴っている。
白い光を放ちながら スマホがしきりに音を鳴らして主を促している。

目は 手にしたスマホの液晶画面に吸い寄せられた。白い文字が 「誰か」を教えている。

着信
新那慧

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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