第57話 「声」

文字数 1,809文字

「きーちゃんが帰って来んなっつってさー、うっせーんだわ」
きーちゃん、とは寮の管理人で「幾三郞」と言うのが本名らしい。其の管理人は 学生達が時間通りに下校して、真っ直ぐ寮に帰って来るのを良しとせず 引き籠もっていないで外で遊んでこい、と追い立てて部屋に帰らせない。然りとて 遅くなればなったで、こんな時間まで何をしていたんだ、と叱るらしい。
放課後の教室掃除を二人で引き受け 邪魔する者もいなくなると 寮なら門限があるだろう、と言う弐弧の言葉に 慧はそう返した。
常々変わった学校だとは思っていたが 寮まで変わっている。
前の学校は時間に厳しく 門限を破れば反省文だけでは済まなかった。
唯 酔っ払いで怠け者の管理人が番をしていたお陰で 罰を受けた者の話は殆ど聞いた事がなかったが。

行きたくない、と言うのは本心では無い。
行って、其処から如何したら良いのか分からない、と言うのが本心だ。
以前の生活は 平日は寮と学校の往き来だけ、休日はバイトをしていたが裏方作業で 指示に対して返事をする位のものだった。自ら好んで蚊帳の外に行き バイト仲間と打ち解ける事も無かった。
何処に居ても 人と深く関わる様な事はなかった。

サビ子 ブッチ ― 心から話せるのは 友達と呼べるのは 二人だけだ

一縷は話さないので楽だ。日がな一日、猫の様に寝ているだけで 弐弧に心労を負わせる事もない。其れに ―
あの「予知」。
若しくは「悪夢」だが あれが実際に起こるのだとしたら 其の原因は自分かも知れない。
あの時 自身に対する悪意をはっきりと感じ取って 振り返ろうとした。
だとすれば 慧は自分と一緒に居たが為に ―

「予知」の通りになったとしたら 慧を助けられるのか?
今度は 本当に目の前で失う事になるかも知れない

なら 行かなければ良いのか?

一緒に居なければ 慧を巻き込む事も無い
慧が一人で行くだけなら 何の問題もない ―

そう 言い切れるのか? 間違っていたとしたら?
行かなかった自分だけが助かって 慧の運命を変えられなかったとしたら?

断片的な「予知」しかなく 武器と言えば骨董品の銃だけだ。
慧が死んだところを視た訳ではないが 自身の死は間違えようも無い。
唯 何処で 何時 其れが起こるのか分からない。
今日かも知れないし もっと先かも知れない
起こらないかも知れない ―

たらればばかりの自問自答しか出来ない自分がもどかしい。
落ち着け まだ 今日起こると決まった訳じゃ無い
だが 自身の「声」を聞くなら ―
「ヘルズカリーって何?」
「知らねーの?マジか。何って事もないけど ふつーにカレー屋」
「へー …」
其れ以上会話を繋げられないのは 殻に閉じ籠もろうとする自分の「心」が邪魔をしているからだ。
くそ こう言うのは苦手なんだよ
「ほら」
目すら合わせられない弐弧に 慧がスマホの画面を見せて来た。有名なカレーの専門店がオープン記念として、今なら全品半額で食べられるチャンス、と言った内容だ。
「こんなの見たら もう行くしかねーじゃん?」
抑揚のない声も表情も変わらないが どことなく嬉しそうだ。恐らく、一人ででも行くのだろう。
「お前 好きじゃ無かったっけ?」
確かに カレーパーティは本人の意志とは別に大々的に開かれた。だが 其処までしてカレーが好きか嫌いかと言われれば 自分でも良く分からない。
「何が?全然好きじゃねーし」
違うだろ 馬鹿
憎まれ口を叩くだけでは足らず 御丁寧に背中まで向けて「嫌な奴」を体現している。
「… 」
さっきから変な汗が止まらない。
慧は其れ以上此の話を続ける気は無い様だった。其れはそうだろう、とは思うが
あー、もう!くそ!  慧の阿呆!
「別に 行くなら行っても良いけど」
上から目線のぶっきらぼうな言い草だったが 紅潮して来る顔を押し止めて発言するなら此れが精一杯だ。
「だよなー」
慧はそんな言い方に怒るでも無く 何時もの様に薄く笑った。
悔しいが仕方無い。一縷と言い 何故 二人とも弐弧の本心が分かるのだろう。
其れでも 何とか「会話」をやってのけた事に安堵すると 固くなっていた表情が緩んだ。
勿論 間違ってもそんな顔を見せたりはしないが。

行く事になるのは きっと必然だった。
行かなければ 自分の命は助かるかも知れない。
だが 慧はどうなる?
「予知」しておきながら 助けられなかった事を後悔して生きていくのは御免だ。

変えてみせる
自身の「声」から 今度は絶対に逃げたりしない

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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