第49話 鬼子の宴 乱入

文字数 3,464文字

― タキ!

一卵性双生児の兄弟の身に何が起こったのか 其の姿が見えなくとも身を持って知る事が出来る。
右腕に怯むほどの激しい痛みが走り 全身を駆け巡った。タキが鋭い牙に腕を喰い千切られ 猛禽の様な爪に襲われている。
だが 救援に割く時間は無い。自身の前の強敵をねじ伏せる好機はまだ訪れていない。

蒼連会鬼刄の長・鬼虎こと将生 刀豪(まさき とうごう)
其の養女 「鬼姫」眞輪 ―

蒼い炎を纏った円刀が火車の如く走り 誰彼無く排除対象と見なして急襲してくる。二刀流の円刀裁きも見事なら 玩具箱のボールをひっくり返したかの様に飛来してくる数多の円刀と言い 其の攻撃力は凄まじい。
冷たい表情は変わる事無く 蒼い目はぞっとする程の冷酷さで男を見ている。


最初は唯の宴だった。
養子となった者達が集って 心にもない言葉を交わすだけの退屈な宴だ。
「折角だから、ゲームでもしませんか? 賞品は ―
誰かが賞品をかけてゲームを始めた。
其れが いつしか死のゲームになった。退屈な宴から一転 カタルシスを味わえる最高の余興が生まれた。ホストとなった者が考案する様々なゲームは鬱屈した日常への捌け口となり 年々過激さを増して 今や飾られた賞品が何であろうと誰も目もくれない。誰しもが快楽を味わう為だけに此処に集って来る。
此の会では 行動を制限されない。其の身分が考慮されることもない。
弱い者は死ぬ。其れだけだ。
「鬼子」と呼ばれる「鬼眼」しか持たない者が真っ先にやられる事が多いが 中には
今回のホストである未来(みくる)の様に 巧みに「鬼魂」を奪い取って鬼と化す者もいる。
「鬼眼」を持つ者は人よりも鬼化し易い。唯 鬼から「鬼魂」を奪うのはそう簡単な事では無い。
未来はあの容姿からは想像もつかない程の悪玉だ。
清廉な愛らしさの中に潜んだ残虐性に気付けなかったのが運の尽きと言うものだろう。
「鬼魂」を得る程に 「力」は増してゆく。
ゲームの賞品はあんな薄汚い玩具ではない。
会場内に余り在る「魂」だ。
其れが「鬼魂」であれば尚更言う事もないが 血に飢えた化け物共が殺し合う饗宴の席で 如何に多くの「魂」を狩れるかが此のゲームの醍醐味だ。無論
要らなければ「存在」ごと抹消させても構わない。何にせよ 理性をかなぐり捨てて「本来の自分」に戻り この上ない至福を味わう為の会なのだが 「鬼の蠱毒だ」等と揶揄する者も居る。
言い得て妙だ。
どうせ 「親」となった奴等も其れを望んでいるのだろう?
だから何も言わない。自分の所により強い跡継ぎが欲しいだけだ。所詮 廃墟の子供だと 人として扱う気もなければ 死んでも構わないとすら思っている。其れはそうだ。廃墟には幾らでもこう言った子供達が居て 代わりなら何時でも手に入る。
「ゲーム」を愉しんでいるのは 何も自分達だけでは無い。
そう言う事だ。

名のある長の子を殺るのに疑問を持った事も無ければ
其の首を自身への勲章として戴く事に何の罪悪感も感じない。

ガギン
凶悪な牙が円刀に喰らい付き叩き伏せた。牙の食い込んだ部分から蒼い炎が激しく燃え立ち 形を失った。円刀が唯の炎に戻る。直ぐ様次の円刀を手にするだろうが 其の前に ― と思ったのが 瞬時に撤回させられた。
此方が刃を薙ぐよりも早く 叩き伏せられた円刀が炎となって砕け散る前に 男の刃諸共、眞輪が高々と蹴り上げたのだ。鬼の威力で吹っ飛ばされた刃は 落ちて来るのを悠々と待っていられる様な高さを遙かに超えて消え去った。が 男の目は自身の刃を追う事は無かった。麗しい曲線を描く体に沿って真っ直ぐに上げられた 陶器の様に滑らかな白い肌、しなやかな足の 其の付け根  其の一点に吸い寄せられていた。
一瞬の事だったが鬼には十分だ。己の馬鹿さ加減を嘆く暇もない。
「食べ飽きたから、あげるわ」
眞輪の手から唸りを上げて豪球の如く飛んで来たデコレーションケーキが男の顔面に諸に炸裂した。
男は其の勢いの儘吹っ飛ぶと コンクリートの床に叩き付けられても尚止まらず 回転しながら滑っていった。
「眞輪ちゃんの為に徹夜して一生懸命作ったんですよぉ!?勝手に食べないで下さぁい!!」
何処か見当違いな声が男の耳に追い縋って来て 後でぶっ殺す と言う強い決意を抱かせた。

― レン!

あの馬鹿。
顔面を壁に叩き付けられた様な衝撃を感じた後 階段から転げ落ちた様な痛みが全身に伝わった。
何を手こずってるんだ、あいつ。と怒りをぶつけたいところだが
此方も其れ以上、罵倒に割く時間は無い。
「此の…っ!どら猫がぁ!!」
堕鬼とは自我の崩壊したイカれた鬼の事で
自身の武器も扱えず 其の炎が燃え尽きる迄、狂気の成すが儘に暴れ回り 骨だけになったとしても 動けるなら猪の如く突進して来る様な連中だ。単純な行動しか取れないゾンビを殺るのは容易い。
其の筈だったが 何故 此の堕鬼はタキの攻撃をこうも巧みに躱すのか。
完全にイカれてはいないのか?
闇の中を堕ち続ける堕鬼の魂は 死が訪れる迄其の下降を止められない。
本来なら 此の堕鬼はもう脳まで腐っている状態の筈だ。
其れが
タキの刃が蒼い炎となって砕かれるのは此れで三度目だ。
武器と言えば紅焰を纏った猫の爪くらいのものなのに 其の威力が自分よりも上だと言う。
下層階級のゾンビの炎が 鬼の炎を凌駕している、と そう言うのだ。
猛攻して来るのは如何にも堕鬼らしいが 戦術に長けた攻防は堕鬼らしくない。
盾にした刃諸共へし折られるのを辛くも堪える威力で足蹴りを食らい 僅かに怯んだだけで 胴体から頭をもぎ取ろうとする爪が薙いだ。片腕を失ったとは言え 此方の攻撃はかすりもしない。猛攻するだけでなく 刃を躱す術まで心得ている。
其れだけではない。隙あらば 躱しざまにも攻撃を食らわせてくるのだ。其れも 此方の動きを読んだ上で攻撃しているとしか思えない絶妙さで。
利き腕ではない所為で攻撃が鈍っているとしても 堕鬼相手に此の態では自身のプライドに傷がつく。
だが 未だに挽回のチャンスは訪れない。
口が塞がっていなければもう一方の腕も引き千切らんばかりの勢いで至近距離に詰められた。
間近に迫った其の紅い目を見るのは危険だ。
魅入られてしまえば「魂」を奪われかねない。其れに
堕鬼が咥えている自分の腕を見ると 怒りで我を忘れそうになる。
幸いにも 此の堕鬼は口から炎を吐いて腕を燃やす迄には至っていない。鬼の炎に燃やされてしまえば 二度と腕は戻らない。此の堕鬼が涎を垂らす様に炎を吐く程狂っていない事だけが唯一の救いだが  ―
唸る刃からしゃがんで逃れた上に 其の体勢から目にも留まらぬ速さで蹴りを入れてきた。防御はしたが ともすれば吹っ飛ばされそうになる。
馬鹿力はお互い様だが まだ此の堕鬼に味わわせていない。
「一縷!!」
声の主は モブにも等しい在り来たりの鬼子だ。
「予知」能力もあるらしいが 黎明天生学院のクラス分けでは三の凡、要するに「凡人」と言うレッテルを貼られている。
其の表情から単に恐怖の余り動けないのかと侮っていたが、回避能力には長けているらしく ウロウロと逃げ惑って殺られる様な真似はしなかった。鬼の習性を掴んでいたのに、自分で其れが分からないとは憐れとしか言えない。其れでも時期が来ると、眞輪の円刀を利用しながら巧みに立ち回り 危うく喉を搔ききられそうになった。
善戦振りは認めるが たかが鬼子だ。
「黒鬼」と呼ばれ 五嶺皇の頂点に立つ程の男が 何を思って脆弱な鬼子を養子にしたのか知らないが 酔狂を通り越えて正気の沙汰とは思えない。


そう ― 例えば 此の鬼子の「予知」を 堕鬼が読み取る事が出来たとしたら

堕鬼の紅い目が 鬼子の目と繋がった様に思え
タキの思考は既に実行に移されていた行動に疑問符を投げかけたが 其の時にはもう止められないところまで来ていた。
互いに鬼であれば 一瞬一瞬が死線であり 行動に躊躇してはいられない。
タキとレン、一卵性双生児の二本の刃が 巨大な鰐の口の如く堕鬼を両側から挟んで喰らい付く ―

牙の並んだ口が閉じられる事は無く 畏るべき黒い炎によって砕かれた。

闇の中 燃え立つ黒焰の中に一際鮮やかな紅い目が輝いている。
イカれ狂った堕鬼の最期の灯火とも言える紅焰だったなら 二人分の炎の威力があれば其の体を両断し 弔い代わりに永遠に消し去ってやっただろう。
だが 此の黒焰は一体 ―
紅い目が二人に向けられている。
禍禍しく耀き 血の様に紅い其の眼に 囚われる。
其の眼から 目を離せない。
死の黒焰が間近に迫って来ているというのに ―
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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