第9話 学院寮へ

文字数 1,367文字

かんかんかん、と何処からとも無くせわしない甲高い音が聞こえてくる。
音は闇の中に響いているだけで 自身の感覚は何も無かった。

   ああ 死んだのか

そう思いたかったが 体は無慈悲にも徐々に感覚を取り戻し始める。
暗闇だと思ったのは 自分が目を閉じているからに他為らず 固い地面の上で雨に打たれている
と言う状況を覚るに至った。
目を開くと 濁った灰色の天が見えた。
心地良い雨が降っている。
もう此の儘動きたくないとさえ思わせる。
何も考えずに此の儘 ― どれだけそうしたいか
余りにも痛すぎた。傷ついた足が、手が、激しく疼き 生きていることを誇示して来るのだ。
動かずにいられない。
悪態を吐きながら弐弧は無事な方の足を引き寄せ 何とか上半身を起こした。
傍らにはあちこちに穴の開いた錆びたドラム缶が雨に打たれて 中からかんかんかんと甲高い音を響かせながら横たわっている。 
焦げた何かの残骸を辺り一面にぶちまけ 其の中には煙草の吸い殻が無数にあった。
廃工場のようだが たまり場にでもなっているのだろう。
人気は無い。
腕時計を見ると午前四時を少し回った所であった。
持っていた中で唯一動く時計を 弐弧が廃墟から出て行く時に 餞別だ、とブッチがくれたものだ。
腕ごと時計を握り締めるとまた涙が溢れ出た。
しっかりしろ、と自分を叱咤する。
何故こんな所に居るのかを考察する前に 其の姿が目に入って息を呑んだ。
顔を半ば横にして 俯せに倒れている人影。
鎖はなかったが 少年の体の周りには赤い水溜まりが広がっている。
あの時見たのと同じ 静かな其の顔。
だが また ―
デジャブの様では無いか。
そう思いながらも 体は躊躇いがちに少年の傍に寄っていく。
「… ! うわ!?
何の前触れもなく少年の目が開いたので 体に触れようとした手は泡を食って即座に戻された。
だが 開かれた紅い目は硝子玉の様に無機質で 青白い顔には何の表情も無い。
明け方近い薄闇の中で 漸くはっきりと少年を見る事が出来た。
血は止まっていたが見えている肌は痣と傷だらけで 特に側頭に開いた傷口は深く抉れ 見るも無惨であった。首には鎖に締め付けられていた痕が赤紫色にくっきりと残っている。
既に其の目から生気は失われ 真夏の温い雨に打たれ続ける躰は、無造作に棄てられて転がるマネキンの様に生気のない「物」であった。
此の儘此処に放って置けば其の内息絶えるであろう。
本人も其れを望んでいるのかも知れない ―
生きるのに疲れ果て 窶れた顔は憔悴し生も死もどうでも良い、と言っているかの様に弐弧には映った。
自分ならそうだろう、と思う。
そう思おうとしているのに 何故
右足の痛みに歯を食い縛りながら 此の少年を背負って歩いているのだろう。
雨によって重さが増し 氷の様に冷たい少年の体が密着して 真夏だというのに体が芯から冷えて来る。
今度もまた 弐弧は「自分に任せて」行動していた。
物心ついた時から弐弧は 危機的状況に陥った時「最適な行動」を取れた。
未来を予知出来る訳では無い。相手の心が読める訳でも無い
其の時其の場で思考と行動は同時に起こる。弐弧自身 自分を止める事は出来ない。
考慮する前にもう動いているのだから。
だが 其れで失敗した事は無い。ラッキーな能力だと思っていた。
今 少年を学院寮に連れて帰ろうとしている事が正解であると言うのなら。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み