第43話 黒鬼屋敷の黒狼

文字数 1,122文字

廃墟の中にぽっかりと開いた空き地で弐弧は降ろされた。
降ろされた、と言うよりは背中から落ちたと言った方が正しい。
銃弾から庇ってくれた赤毛混じりの狼は 一縷の姿を探して乱戦の中に飛び込んだ弐弧の前に立ち塞がると 有無を言わせず強引に背に乗せ 戦場をかいくぐりながら此処まで運んで来た。
「一縷 …! 一縷は?」
上体を起こすが早いか弐弧は直ぐ様狼に問いかけた。此の狼が「誰なのか」を知っている。
赤毛混じりの狼は応える様に 金色の目を弐弧の後方に向けた。
狼の目線を追って後ろを振り返ると 闇の中に 倒れている人影があった。
傍らに 悠然として雄々しい銀色の狼が立っている。
風が動くのを感じて振り向いた時には 赤毛混じりの狼の姿はもう何処にも無く
目を戻すと 銀毛の狼の姿も消えていた。

何処か遠くから 誇る様な狼の遠吠えが聞こえて来た。

黒い大地の彼方此方に揺らぐ光がある。
月光を受けて耀く水溜まりの一つが紅に染まっていた。其の中に
一縷は仰向けで倒れていた。
初めて会った時に見た 静かな其の顔。
生気の無い「もの」の様に ただひっそりと在る。
もう二度と開かれる事がないかの様に 其の目は深く閉じられている。
「 … 一縷
其処から動けなかった。
確かめるのが怖かった。
「…!
一縷の目がゆっくりと開かれた。
紅い眼には生気が宿り 透き通る紅玉の様に耀いて 其の眼から凶気は失せている。
「一縷!」
弐弧の声に 一縷が目だけを向けた。
声に反応したのだろう。
其れでも良い。一縷は生きている。
自身の目に映ったものを 此の先も忘れる事は無い。
一縷が微かな笑みを見せた。
弐弧が安堵の笑みを見せたのを 赤子の様に真似ただけなのかも知れない。

其れでも
其の紅い目には 収まりきらない程の 眩い耀きが満ちている。




夜が明ける頃
暗がりから 少女は身を起こした。長い黒髪は縺れ 顔を覆い隠して 地面まで垂れ下がっている。
紅いワンピースは 血の色なのか。
痩せて骨と皮ばかりの躰に 蔓草の様に髪が絡まり 縺れた髪の合間から 暗く澱んだ紅い目が覗いている。
少女はじっとした儘辺りを窺うと やおら立ち上がり 裸足で歩き出した。
硝子の破片を踏み砕き 傷ついた足から また新しい血が流れ出したが
少女は俯いた儘歩を緩めず 歩き続けた。
痛みを感じない。其の所為で
少女の躰から 血は流れ続けている。
渇いた土壌が黒い灰を巻上げ 灰色の景色に佇む廃墟には 少女の影が一つ在るきりだ。
生きているのが自分だけだとしても 少女が恐怖を感じる事は無い。
周りにはたくさんの黒い蝶が居て 少女が両手を広げると 蝶は花弁の様に ふわ と舞い上がり
空を埋め尽くした。

まるで 自由を謳歌するかの様に 少女の足は音を踏み くるくると舞い踊った。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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