第48話 鬼子の宴 狂喜乱舞

文字数 2,766文字

少女の声に混じって頭が割れそうな程鋭い鳴音が響く。
不当な言葉は狂喜に満ちた世界を後押しするかの様にきちがいじみていて 降り注ぐ悪意の刃から逃れる術も無く 自身を追い詰める「声」に 発狂しそうになっている。噛み締めた唇が限界を来して戦慄いた。

叫び出しそうだ ― 

突如、スキール音の様な凄まじい絶叫が沸き起こり 記憶の中の恐怖が体を一瞬にして凍り付かせた。弐弧の目が其の姿を捉える。
「さぁて、皆さん!地下と言えば やっぱり此れですよね~!」
「たっくさん御用意しましたので 今日は思う存分殺っちゃって下さーい!」
非現実的で馬鹿げた明るい声が闇を突き抜け 今や軋るような喚き声と咆吼に鼓膜も破れんばかりになっている。
瞬く間に異形同士の大混戦となり 肉体が無惨に裂かれる音と 胸の悪くなる様な悪臭が辺り一帯に立ち籠めた。方々から不快極まりない嗤いと歓喜の叫びが上がる。
狂気の沙汰だ。
一時 弐弧への集中攻撃がやんだ。恐怖心を押し退け 必死に打開策を手繰り寄せる。
頭の中は未だに錯乱状態で 鬩ぎ合う心が邪魔をして思考が定まらない。

キ ン と耳鳴りがし

「声」に従った弐弧の短刀が 背後の闇の中から現れた女の黒い額に柄まで深く突き刺さった。
女は身の毛もよだつ様な恐ろしい悲鳴を上げると 短刀を額に突き刺した儘激しく地面をのたうち回った。
「く… っ!」
短刀をもぎ取られ 電流の様に腕に痛みが走ったが 意を決した体は怯まなかった。
短刀の刺さった首女は 間も無く飛来してきた無数の円刀に因ってずたずたに裂かれて果てた。
次の女の歯も躱しざまに黒い躰に短刀を突き刺すと 長い躰が流れ過ぎゆく儘に切り裂いた。女の黒い躰から白い卵の様な物がぼとぼとと零れ落ち 落下の衝撃で割れた卵の中から不完全な何かが飛び出すと 地面に気味悪く広がった。裂かれた黒い躰から 破裂した水道管の様に黒紫色をしたヘドロの血が噴き出し 凄まじい腐爛臭が辺りに立ち籠めたが 勢いを得た体は攻撃を止めず、飛来する円刀と共に戦い続け 地面は切り裂かれた首女の血でどす黒く染まっていった。
短刀の扱い方も 戦い方も考える暇等無かったが 自身の体は巧みに立ち回った。
なんだ 出来るじゃないか ―
戦える。そう思うと気力が漲り 何故今迄出来なかったのか不思議に思えた。
出来なかったんじゃない。しようとしなかったんだ。
「予知」したところで酷い現実に打ちのめされるだけだと 自身の「声」に耳を塞ぎ 心を閉じてしまっていた。
自分の身を自分で守ろうともしていなかった。
本気で誰かを助けようともしていなかった。
無関心でいる事で自分を守り 変わらない日々を嘆くだけで 非力な傍観者から変わる事を望んでなどいなかった。
絶望的な戦いの中に巻き込まれて 悲劇を目の当たりにする度に苛まれ 心が壊れてゆく。
其れが怖かった。

心を据えれば 自身は驚く程の行動力を見せた。
刀身に喰らいついた首女に刃を砕かれ 腕の骨を折られたかの様な激しい衝撃が体中を駆け巡ったが もう一方の手は素早く新たな短刀を手にし 女のこめかみに突き立てた。
初めて敵に反撃する自身の中の「力」に勇気づけられて弐弧は善戦していたが 首女はあの時と同じ様に幾ら倒しても無限に湧いてくる。夥しい数の化け物が犇めき合う此の戦場で あとどの位持ち堪えられるだろうか。自身の気力は辛うじて踏み留まってはいるが 体中から悲鳴が上がり始めている。
屋敷の黒服から盗った短刀は此れが最後だ。

「力」が欲しい
自分にもっと強い「力」があれば
誰も巻き添えにならなかった

一縷

あの少年は いつも弐弧を護ってくれた
血を流し 化け物となる事で心も記憶も失われてゆく 其れでも少年はやめなかった

―  非業の最期ってヤツっスかねぇ

駄目だ
そんな事はさせない
一縷を是れ以上化け物にはさせない
だから
未熟な自分をどうにかしたかったんじゃないのか

諦めるな   一縷にそう言っておきながら 自分は諦めるのか

自身の「力」は 此処で果てるとは言っていない

例え
腕だけになったとしても 最後まで反撃の刃を振るってやる、と言う強い決意が 弱音を吐きかけた自身の体を再び奮い立たせ
右手に持ち替えた短刀が 「何か」を予期して迎撃する様に背後まで大きく振るわれたと同時に
「うおおーっとぉ!あっぶね!」
予想外の行動に驚いた「誰か」が声を張り上げた。

「ドスばっか何本持ってんだよ。お前」

不意に 直ぐ真横から気の抜ける様な声がした。声のした方に反射的に体が向けられたが誰も居ない。
声は反対側に移動していた。
「黒鬼息子の首、戴きー」
冗談を言う様な口調で冷酷な言葉を告げる。目を向ける間も無く
半回転する突風が弐弧の体を大きく薙いだ。見開かれた弐弧の目に映ったのは
先程まで眞輪と対峙していた男。骨が砕け 肉が裂かれ 真っ赤な血飛沫が迸り
蒼い炎が砕け散ってゆく。
武器を持った腕に喰らい付かれ 男の腕は肘上から引き千切られていた。
「 …  !!」
不意を突かれた男は驚愕の表情で「其れ」を見ていたが 瞬時に我に返り
「…っ!てめぇ!返しやがれ!」
腕から夥しい血が噴き出しても悲鳴一つあげず 忿怒の炎を滾らせ 急襲して来た敵に左手に復活させた刃で反撃に出る。
一方の弐弧は斬撃の名残と其の光景に 麻痺した様に立ち竦んでしまっていた。
「… い ちる?」
どうやって此処に入って来たのか分からないが 一縷が男の腕を咥えた儘、敏捷な動きで相手の刃を躱し 空を裂き、地を抉る威力を持った鋭い爪で猛攻を仕掛けている。
「何で此処に堕鬼が混じってるんですかぁ?!」
「呼んだ覚えありませんけどぉ!?」
相変わらず姿は見えないが 怒りの込められた少女のアナウンスが阿鼻叫喚の中に響き渡った。
あの男が此処に居る。
だとしたら 眞輪は ―
どれだけ目を凝らしても 眞輪の姿も、閃く円刀も、もう何処にも見えない。
「 … !
眞輪と言う名前以外何も知らない。
人と深く関わる事を避けてきた。誰か、は必要じゃなかった。
もう誰も、何も要らない。何時しかそんな事ばかり思うようになっていた。
自分の事しか考えられない 自己中心的な唯のクラスメイトでしかなかった筈だ。
同じクラスに居ても 所詮は他人でしかなかった筈だ。

― アンタは自分だけ楽しけりゃ良いんだ

  ああ、そうさ
  其れの何が悪い?
  楽な生き方を選んで何が悪い?
  
― あたし達の事なんて なーんにも気にしてない

  四六時中誰かに煩わされるなんて真っ平だろ
  誰かの為に、なんて奴は 此の世界じゃ生きていけない
  其れ位 廃墟に住んでた事のある奴なら誰だって知ってる筈だろ

何で助けたりしたんだ。
「何でだよ! 眞輪!」
眼前で繰り広げられる虐殺の中に声はかき消され 目に映るのは 襲撃者達が飛ばす血飛沫と肉塊の狂気に呑まれた世界だけだった。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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