第58話 祅

文字数 2,121文字

「アイツ、また勝手な真似してら」
金色の髪を揺らし 骨から肉を削ぐ様にキャンディをべろりと舐める。
発せられた非難の言葉に応じる者は無く 半分独り言に近かった。
艶めかしい肢体にぴったりと張り付いた黒革の衣装は 殆ど肌を隠していない。
「ねぇ、放っといていーの?」
「祅(よう)くん」
名を呼ぶ時 女は期待を込めた声音で横目に見上げた。
一人の身勝手な行動に因って、「群れ」が壊滅に追い込まれる様な事態に陥る事も十分にあり得る。
始末するしかない、そう言ってくれれば 女の顔にはまた笑みが戻るだろう。
「へー、言ってくれるじゃん。お前等が失敗ばっかしなけりゃ良いだけの話なのによ」
干涸らびた白い大地の上に立つ男が、顔も向けずに声を張り上げた。
「チッ。聞えてんのかよ」
女は美しい顔を嫌悪に歪め 獰猛な視線で男の居る方に目を遣った。
数十メートルは離れていようかと言うのに。地獄耳、と言う奴か。
実際此の男は 怨敵を倒すが為に、正に地獄から這い上がって来た様な「顔」をしている。
女は始めて此の男の顔を見た時の衝撃を思い出し、身震いするとキャンディを口に放り込んだ。甘味は不満の捌け口にはならず 憤懣遣る方無い、と言った風にバリバリと噛み砕く。
倒壊したビルの瓦礫の頂きに座る白い髪の男の弁解は、女の鬱憤に拍車をかけた。
「酷いな。僕たちも遊んでる訳じゃないんだけどね」
子供の様に 邪気のない笑顔を見せながらも 其の「裏」は男の直ぐ背後にある。
破れたマントの様な黒い影が風も無いのにはためき ひゅうううとか細い息を吐き出す様な音を立てながら男の周りを漂った。
廃墟の影が色濃く落ちると 闇は間延びした女の声で嗤い 華奢な体付をした此の男の存在を眩惑の様に魅せた。
「…」
誰も異議を唱えない事に男は満足し、其の儘笑みを崩さず続けた。
「あの二人を早急に引き離さないと」
「折角良い具合にイカれてるのに、熟々人の邪魔をしてくれる。予知能力が残念なのは確かだけど 堕鬼に魂を喰われず、逆に手玉に取るなんて 凡級の鬼子の為せる技、とは思えない」
「鬼華の長の酔狂ぶりについては 度を超してるのが普通だ。とは言え あの男は唯の泥酔者じゃない。一連の出来事には何か裏がありそうだよね」
「色々と面倒な事になりそうだと思ってたんだけど 貴方が何とかしてくれるって訳だ」
「期待してるよ」
にこやかな笑顔は 闇の中に相反する感情を映し 女は内心ぞっとしたが 男は其れを横目に見遣っただけで 其の後は振り返る事も無く歩き出し、廃墟を後にした。
「… 
「本気でアイツに期待なんかしてんの?祅くん」
祅の殺意が自分に向けられる事はない、と知っているから ややあって女は甘える様な声で男に問いかけた。
「さぁね。捨て駒には興味ないな」
「けど、好きにさせてやれって言われてるし」

怨恨だけで生きている様な男だ
何を言っても無駄だろう
其れに ― 引き金としては悪くない

「エンディングルートは一つしか無い訳じゃ無い」
「分岐ルートは多い方が其れだけ僕たちも楽しめる」
「だろ?奇女(あやめ)」
此の笑顔は 自分にだけだ。他の誰にも見せない。奇女は頬を赤く染めると
「まぁ、祅くんがそー言うなら良いけどー」
ツインテールの先を指に巻き付けて弄んだ。
「おっかないなぁ」
奇女は美しくくびれた腰に手を当てると 自身の足元の影の中に溶け込んで座っている、飄々とした声の主を見下し 蔑む様な視線をくれた。
「アンタはいつまで其処で遊んでる気?」
「あれ?お邪魔だったかな?」
上っ面だけの謝罪も、其の無邪気な笑顔も 此の男の十八番だ。其れでいて、本心の邪悪さを隠そうともしない鉄面皮には恐れ入る。
だからこそ 奇女の方でも一切取り合わず、罵倒の言葉よりも眼光と言う名の鋭いナイフで返答するのが今や常套になっている。
「はいはい、すいませんね。邪魔者は退散しますよ」
黒服の男が気障ったらしく中折れ帽に手をかけて立ち上がると 男の影の中から黒い狐が姿を現わした。狐の金色の目が、女を嘲笑っているかの様に見える。
「やなヤツ」
奇女は険しい顔で見返した。
「そう言えば 貴方が懇親会の賞品として提供した銃をあの鬼子が手に入れたとか」
立ち去ろうとする男の背に向かって投げかけられた言葉は批判じみてはいたが 祅の顔は寛容な笑みを見せている。唯 其の目の奥を覗き見れば、皆まで言わずとも分かった。
「… 唯の骨董品ですよ。提供する番だったってだけで悪意も無い。やむなく廃品庫から失敬して来たガラクタの一級品が其程問題になるとは思えないなぁ。弾もないんで撃ちようがない」
祅の目が まだ問う様に男を見ている。男は態とらしく嘆息すると
「まぁ確かに、鬼子なら「気」を弾に変えて撃ってくるかも知れないなー」
「だからと言って 恐れる程の威力もないと思いますけど?」
其の目に嘲りの色を見せ
「ああ、其れに ルートは多い方が楽しい、ってさっき言ってませんでしたっけ?」
男は忌々しい程、爽やかな笑顔で二本指を立ててウィンクすると 黒い狐に乗るが早いか、瞬く間に姿を消した。

「どのルートを選んでも
「行き着いた先には バッドエンドしか待ってないけどね」
闇の中に滲み出した血の様に、祅の紅い眼が陰惨に光った。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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