第23話 廃トンネルの死戦 光を目指して

文字数 2,857文字

ぞばん、と薙ぐ音と共に半円の衝撃波が走る。衝撃波は其の範囲内にいる黒い体を次々と薙いでいった。
ばらばらになったヘドロの体が飛び散り ぐちゃと耳障りな音を立てて其処彼処に叩き付けられた。
「玖牙あ!」
割られた一際巨大な黒い体から燃えたぎる忿怒の斧を手にした大男が姿を現わした。
「大門さん、ご無事でしたか」
満面の笑みで声を掛ける。此の男の顔に張り付いた偽りの仮面だ。そう知らぬ者は無い。
「ああ?てめぇ 良くもぬけぬけと
「此の茶番はお前が仕組んだんじゃあねーだろうなぁ?」
噓、偽り、欺瞞、大門が何よりも嫌いなものだ。大門は暗雲の中の雷鳴の如く恐ろしい声で玖牙を問い詰めるが
「話が長くなりそうだなー。取り敢えず此処から出ませんか?」
のらりくらりと躱される。
「当地区自慢の無限ばくばくトンネルも十分愉しんで戴けたようですし」
巫山戯た態度が改まる事は無い。そう分かってはいるのだが ―
「ぐぬぬ…っ」
大門は歯を食い縛って此の怒りに堪えた。現時点では玖牙の言う通りであるからだ。
此のトンネル内の化け物は無限に増殖する。地下から沸き上がって来る為トンネル自体を破壊しても無駄だ。寧ろ破壊してしまえば夥しい数の首が放たれ 大勢の死者を出す惨劇を齎すだろう。幸いにも奴等は此のねぐらを気に入っている。此処からは出て行かない。
「たーまやー♪」
一際大きく派手な色彩の光を撒き散らして狐玉が炸裂すると 飛び出した蒼い炎の狐が嬉々として駆け回る。
其れを見る大門の顔は赤黒く変色し 筋肉は怒りに震え 自身の歯をへし折りそうな程歯を食い縛っていた。


体が浮いて叩き付けられた様な感覚があった。
化け物の胃にでも落ちたのだろうか。まだ目が開く。もう痛みも感じないのに 上げた右手がわなわなと震えている。
血に染まった真っ赤な手が視界に入った。
「ぐ … っ!
何の思考も起らぬうちに 体の上にどさりと重い物が落ちて来て 飛び出しかかった声を飲み込んだ。 
「~~~ っ!!
其れを機に感覚が戻ると 食い縛った歯が折れそうな程の激痛に襲われた。声を上げないのは身を守る為に覚えた幼少時からの教訓だ。
生きているのか ― ?
今まで外した事は無かったのに。
初めて 「予知」が外れた。
視界が滲んで前が良く見えない。靄のかかった闇の中から 煌々とした紅い双眸が弐弧を見ている。
一縷 ― 
弐弧に覆い被さった一縷は何か黒い骨のような物を咥えている。鋭い爪が弐弧の体に突き立てられていたが 其の痛みさえも生きていると教えてくれる。涙が顔を伝い 思いがけず笑みが浮かんだ。
一縷は弐弧から視線を上げると何処かを一心に見据えた。
其の視線を追うように 倒れた儘弐弧も顔を上に向ける。二人の視線の先に
闇の向こうに 耀く小さな光があった。


「がああああ!まったく鬱陶しい奴等だ!」
「玖牙ぁ!退路の確保は出来てんだろうなぁ?」
「そりゃあ勿論♪」
玖牙がにこやかに笑うのを見ると全身の血が煮えたぎる。頭から一気に噴火しそうであった。
怒りの矛先は見つけたが苛立ちは収まらない。退却は最早やむを得ないものになっている。
「甜伽ちゃん、あのガキ共は?」
「…
大男の問いに甜伽は答えなかった。答えたくなかった、と言うのが正直なところだ。
百鬼弐弧を あの堕鬼を見くびっていた。完全な敗北だ。
鎖から放たれた堕鬼は迷わず甜伽の首を獲りに来るだろう、そう思っていた。
応戦の体勢は既に出来ている。返り討ちにする自信もあった。だが
堕鬼は甜伽に見向きもしなかった。
信じられない。あの堕鬼は殺戮の欲求よりも百鬼弐弧の命を優先した。
そんな事があるだろうか。闇に魂を堕とした鬼が ― 否 同等に扱いたくもない。殺戮と破壊しか能の無い下等なバケモノが。
甜伽は悔しさに唇を噛みしめた。
「外へ出ましたよ」
「残念ながらね」
代わりに玖牙が答える。
残念の意味は此の二人にのし掛かるほど重い。此の先 あの二人を追う事はもう出来ないからだ。
手出しの出来ない領域に入った。
但し 吉と出るか凶と出るかはあの二人次第だが ―


また爆発音が聞えて来たが弐弧は振り返らなかった。前方にある光だけを目指して進んだ。
壁に寄りかかり手をつかなければもう真面に歩く事も出来ない。其れでも培った根性で進む。
光は徐々に大きくなり やがて目が眩む程の耀く光の中に入っていった。
眼前に広がる此の世界が作り物の様に思えて 暫く其の場に茫然と立ち尽くしていたが 息を整えながらゆっくりと辺りを見回す。
灰色の景色の向こうに 連なる廃墟が見えた。黒い墓の合間に 葬列をなして過ぎる小さな羽ばたく群れが見える。
距離はそう遠くないが 直線では進めそうにない。街の中を迂回しながら進む事になるだろう。
此の姿では一縷の事は言えない。血塗れになった弐弧の方が紅い目の一縷よりも目立つ。
一縷 ―
振り返ると一縷はまだ何かを咥えた儘ついて来ている。骨かと思っていたが 良く良く見てみれば折れたバットのグリップ部分であった。木製の其れには変色した血が染み込んでいたが 古いものだ。
弐弧の脳裏に 笑い声を上げながら自転車で走り去って行ったあの学生達の姿が浮かんだ。

若しも
普通の家に生まれていたなら
此の少年が 一縷が バケモノでなく人間であったなら
二人は友達になっていただろうか
退屈な学校生活を共に送り 共に笑い合っていたのだろうか
一縷はどんな少年であっただろう
二人はどんな話をするのだろう
サビ子 ブッチ
三人で廃墟から出ていれば
昨日観たテレビの話や 下らない噂話をして 今頃は皆で馬鹿騒ぎをしていたのだろうか

思考を破って頭に鋭い痛みが走り 苦痛に顔を歪めた。
風もなく じっとりとした大気の中に 自身の体から蒸せる様な血の臭いがする。
頭が割れそうに痛い。
体には醜い歯形が残っている。肉が陥没し 骨は砕かれ 右半身は酷い有様だった。
体を焼き焦がす様な熱がバケモノにやられた傷を疼かせる。鼓動と重なって激しく音を立てる。
目を開けていられない。
― 何故 こんな目に
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い ― 言葉は止め処なく出でて 頭の中を紅く染め上げる。
頭を押さえた手は惨酷な傷口に触れて戦慄いた。
手が真っ赤に染まっている。
止まる事のない血が足元に広がって 体が血溜まりの中に沈んでゆく ―
呼吸が乱れ、うまく息が出来ない。
自分が恐ろしい。
沸き上がる黒い感情が 自らを陥れようとしている。
何かが 弐弧の心を食い破って出て来ようとしている。
凶虐に耀く紅い眼が弐弧を見ている。残酷な其の眼が 弐弧を見ている。
此の化け物は 其の時を待っているのだ。
時が来るのを 待っている。
― 止められない
弐弧は渾身の力で逆らい 目を開けると壁に思い切り額を打ち付けた。
頭が砕け散ったかも知れない。だが そうしなければならなかった。
自身が教えてくれる。
其の力は ― あの一度を除いて ― 外したことはない。



もう大丈夫だよ  よく頑張ったな

誰かが
弐弧の背中を優しくぽんぽんと叩いてそう言ってくれた。
其の言葉を聞いて安心した様に弐弧の意識は消えた。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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