第18話 其の先へ

文字数 1,899文字

弐弧の足は廃墟に向かっている。
今やっと分かった。
此処ではない何処かへ ― 此の虚しい日々の連鎖から解き放たれたいと願う心は 何時も片隅に燻っていた。囚われた世界を壊す何かを欲していた。
心は急くのに何も出来なかった。
違う。何も為なかったのだ。
同じ日々を繰り返させていたのは 無気力な自分自身だ。
あの時 危険を冒してまで此の少年を連れて帰ったのは 自分の中にそんな自分を変えたいと言う気持ちがあったからなのかも知れない ― だが 勝手なもので 結局は波乱に耐えきれなかった。
行く着く先は何時も同じ。其れ以外の術を知らない。
其れでも

黒い灰に冒された「死の街」
何と言われようと彼処には自由がある ― 彼処から出るべきではなかったのだ

弐弧は全力で走ったが 掴んだ手の主が非協力的過ぎて余分に疲弊させられた。
少年の声が出ないのは幸いだった。咆吼で街一つぐらい破壊出来そうな程猛り狂っている。
後方に気を取られて走っている所為か、少年は何度も足が縺れて地面に倒れ込んだが 弐弧が引く手を緩めないので、其の度に爪でアスファルトを引っ掻き、這ってでも戻ろうとする。どうかすると 元来た道を凄い力で引き摺って行かれそうになった。化け物としての本性を現わした少年を前に こうなってしまえばやはり自分の手には負えない、と痛感させられた。其れならば、逸その事放っておけば良いのに 体が少年を放棄させない。
「いい加減にしろ 一縷!」
「言う事を聞けって ! 此の、馬鹿 …!
手を放せば 間違い無くあの男を八つ裂きにしに戻るだろう。別にあんな男がどうなったところで構いはしないが もう一秒たりとも此処には居たくない。其れだけだ。
不意に体ががくんと動かなくなった。少年がスチール製のフェンスの端柱を掴み 熱された飴の様に曲げると、牙で喰らい付いたのだ。吐き出された炎に因って端柱は瞬く間に口から消え失せた。激しい怒りは収るところを知らず 少年は掴んだフェンスの縦格子を数メートルに渡る最後部の端柱まで一息にコンクリートの土台から毟り取る様に引き抜き、荒々しく投げ捨てた。蛮行の巻き添えに遭った金属の破壊音が夜闇の中に鋭く響き渡る。
「やめろ!一縷!」
毒々しい程紅い眼が弐弧を睨めつけた。禍禍しく耀く 狂った凶獣の眼。其の眼に見られただけで魂を吸い取られそうだ。
―  何で 襲わないんだろうね?
強まってゆく目眩を覚えながらも 弐弧は一縷の眼から眼を離さなかった。
逃げはしない。知りたかったからだ。
紅い目の 其の奥に在るものを ―
驚いた事に 紅い炎は少年の口に吸い込まれると、閉じられた口の端から鎮火を示す黒い煙となって吐き出された。
其の眼から急速に負の感情が失せてゆく。弐弧の体から力が抜けた。へたり込む前にがしゃん、と体が何かにぶつかった。其処は
自転車置き場だった。タイヤも無い様な放置自転車の残骸が、隅に積み上げられている。
弐弧がぶつかった自転車は、放置されている事に変わりは無いが、本来の機能は失っていない様だ。

後部座席にすっかり大人しくなった一縷を座らせると 初めての自転車に跨がった。あの少年達を思い出し 記憶を頼りに漕いでみる。
頼りない位細いタイヤが地面に定まらず、なかなか前に進まない。此れなら歩いた方が早いのではないか、と思えて来る。足に力を込めると自然立ち漕ぎの姿勢になった。歯を食い縛りながらペダルを踏むが 自転車の前輪は彼方を向き此方を向き、ふらふらと蛇行するばかりで
「~~~っ !!
「くっ … ! そがぁっ!」
何の躊躇もなく腕を折られた記憶は やり場のない怒りとなって、ずっと心に付きまとっていたが 此処に来て漸く振り払う様に 暁の空に向かって声を張り上げた。骨がくっついたと言うだけで、完治には至らないが 痛みは意固地に押されて有耶無耶にされている。
「え ? うわ?!
風が前方から轟と吹き付けた。坂道だ。緩やかだが視線の先までずっと続いている。今度は止まらない。泡を食った上に蛇行した儘坂道に入ったので あの少年達と同じ様に際どい運転となったが 嬉々としてではなく危機迫った声を上げていた。居並ぶ木にぶつからないよう必死に体勢を立て直す。
夜明けに耀く海沿いの道を 潮風を受けて走る心地良さに 自然と弐弧の顔に笑みが浮かんだ。
後方に座る一縷は また虚に戻り 其の顔にはもう何の感情も見られない。 
ただ
二人が進む道の先へと 紅い目を馳せて ― 
此の先も何があるか分からない。其れでも
どんな風を受けようとも 真っ直ぐに伸びる道を二人なら突き進んでゆける。
自身が教えてくれる。
其の「力」は 此れ迄も此の先も誤る事はない。
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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