第60話 悪夢の始まり

文字数 2,655文字

   マジか
たかがゲームで此程気落ちするだろうか。
感受性の強い少年だとは思っていたが、最強だ。兄弟二人で助け合いながら闇の世界を戦い抜いて来たのに 最後の最後で此の結末は確かに残酷かも知れない。とは言え ゲームの中の出来事だ。現実では無い。

否 此れが現実だとしても 自分は同じ事をするだろう。結末を変える気はない。

「金入れたら復活するけど?」
ほんの軽い冗談の一声で 相手の表情は劇的に変わった。
目は口ほどにものを言う、とは此の事か。諺通り、目が呪詛を吐いている。普段は何一つ面白くない、と言った無気力な顔をしているのに 被っていた猫が虎に変じたかの様だ。
「目力あんなぁ、お前」

廃墟に一月も居れば 顔から表情は失せ 声を失い
いつしか 人の心も無くし ― やがては 命すらも塵となって消える

大方此の学院に居るからには、廃墟育ちに違いないだろうが 此の少年には擦れたところが無い。あどけなさの残る顔立ちからも其れは窺える。当の本人はそう言った良心をひた隠しにしようと周囲に冷たく振る舞っては居るが 空回りも良いところだ。
鬱ぎ込んでいる時も 楽しそうな時も 手に取るように分かる。なのに
善の仮面では無く 悪の仮面を被ろうとしている ― 涙ぐましい努力を嘲笑う気は無いが、最早からかい甲斐しか感じない。

「うぃー♪お二人さん。相変わらず仲睦まじい!」
開口一番からかって来たのは 同じ学院の制服を着た少年で すらっとした長身、しなやかな細身、蠱惑的な切れ長の眸に 耳、首元、手首、指とあらゆる所にじゃらじゃらとアクセサリーを付け チャラい、の一言に尽きる外見であったが アクセサリー類はシンプルながらも高級感が漂い 其れを不相応とは思わせない華やかな容貌でもあった。
「野郎二人でゲーセンとかヤバクね?」
厭味な言い草ではあったが 明け透け過ぎて然程悪意は感じられない。
「女と来たらイケてるとか思ってんの、イタくね?」
其れに対する慧の返答も似たり寄ったりだったが 決戦の火蓋が落とされた、とばかりに二人は暫し無言でどす黒いオーラを燃やし合った。
「もー、二人ともやめなってー。直ぐ此れなんだから」
気怠い口調と立ち姿をした 細波の様に緩く巻いた白銀色の髪の少女が仲裁に入る。
「そんな事言いに来たんじゃないしー」
「もう帰るとかないよねー?まだ遊んでくでしょ?」
少しカールした長い睫に、下がり目のとろんとした眸 其の気怠い微笑も麗しく
「十番街でライブあるんだけどー うちの学校のコも出てるし」
潤いのある光沢を放つ、淡いピンク色の唇に目が吸い寄せられる。
「なーんて聞かされちゃったらさ もう行くしかないっしょ?ね♡」
魅惑的な少女の誘いに、慧は浮かない顔になった。
「彼処、治安悪ぃしなー」
声にも其れは表われている。
「治安って。何言ってんの?お前も其処の出だろ」
対するチャラ男の口調は不変で どうやら此の少年は 人を焚きつけるのを止める気は一生無いのだろうと思われた。寧ろ此の言い様が 此の少年には普通なのだ。
「あー、ハイハイ。ガイコちゃんだっけか?襲われたら助けてやるよ」
ヒラヒラと小馬鹿にした様に片手を振って見せる。
「へー、マジか。期待しねーで待ってるわ」
対する慧も、何時もの薄い笑いと辛辣な台詞で応酬した。
「で?オマエは何か言う事ねーの?」
切れ長の目に悪戯っぽい色を浮かべ 面識も無い弐弧に馴れ馴れしく声を掛けて来たが
「別に」
当然ながら返答は殊更冷めたものになる。
顔を覚える気も無いので 目も合わさない。
「いやいや。何かあるでしょーよ」
弐弧の不遜な態度を意にも介さず食い下がって来る。
「例えば?」
何を求められているのか分からない。無愛想だとしても 正直な返答ではあった。
「あ?何で日常会話に例えを要求されんの?」
どう言うつもりか知らないが やたらと絡んで来るでは無いか。面倒くさい奴だ。
「…
むっつりと口を開こうとしたが 先を越された。
「めんどくせーとか言うなよ?会話の糸口くれー自分で見つけろ」
其処まで分かっているのに 此れでどうやったら会話が弾むと思うのか。
此のチャラ男に対しては無関心しかない。顔から表情は完全に失われ まだ感傷的な尾を引き摺っている弐弧の心情が言葉となって吐き捨てられた。
「くっそウゼぇ」
其の外見からはあるまじき発言に 慧がぶはっと噴き出す。
「ソッコー火種見つけてんじゃん」
チャラ男と弐弧の間に手で触れられそうな程険悪な空気が流れたが 慧と女は腹を抱えて笑った。
人の気も知らないで 今日一笑っている。



― 俺等も後で行くし。また向こうでな。お二人さん

ゲームセンターから出た後 慧は爽快な面持ちで、あのチャラ男は隣りのクラスの奴だと教えてくれた。
名は 皇 祀貴(すめらぎ しき)。
興味も無かったが 学院内では上級生にも一目置かれている存在らしい。
あの少女が言っていた十番街のライブとは
身寄りも無く 廃墟に残された者達が音楽を奏で 歌う そんな場所がある、と言う事だった。

陸橋下の駐輪場に戻った時には、もう陽は大分傾き 間も無く闇が地上に降りて来る。
暗闇を恐れた事は無かったが 今は違う。
通りは直ぐ横にあって 街に笑い声を響かせてはしゃぐセーラー服の少女達も イヤホンから音楽を漏らしながら走り抜けて行く自転車の男も ランドセルをガチャガチャ言わせながら駆けて行く子供達も 人は其処等中に溢れかえって居るのに 自分だけが別の次元に取り残されたかの様な錯覚を覚えた。

何処かで あの時と同じ様に 其の時が迫って来ているのを感じている

陸橋の暗がりから外に出ると 振り返って見たが 景色が変わる事は無かった。
此の儘、何事も無く今日が終われば あれは唯の嫌な夢に過ぎなかった、と忘れてしまえるのに。

信号待ちで止まると 慧が横着けして来て
「どーするよ。行く?」
入り乱れて耀く派手やかな光彩と 不快な騒音の中に声を張り上げた。
其の完璧なポーカーフェイスから真意を読み取る事は出来ない。
「別に どっちでも良いけど」
言葉通り ライブも音楽も別にどうでも良い。自分に必要なものではなく 今は面白い事を探求する様な心持ちでもなかったが 返事は考えもせずに出て来た。
「だよなー。じゃあ行くか」
此の気のない返答から何故そう言う決断が下せるんだ とは思ったが、曖昧な自分の返答が悪いのだろう。
自身にも止められない。突っ慳貪な言葉なら、何時だって勝手に口から出て来る。
だが

行く事を選んだのは前触れで
此の時もう既に 悪夢は始まっていたのかも知れない ―

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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