第54話 鬼子の宴 急転直下

文字数 1,983文字

元気な二人を無事屋敷に連れ帰り 世は全て事も為し、と晴れ晴れした気持ちで青空を眺めながら大きく伸びをしていたら スマホが此の先の未来を予感するかの様に激しく震えた。

「おや、何だか酷く疲れた顔だな」
「元気の出る薬でも処方しようか?」
視線を上に巡らせると 清潔感のある白い服を着た鉄灰色の髪の男がにこにこと見下ろしている。中性的な顔立ちで細身の此の男は 其の辺の女達よりも余程、お淑やかと言う言葉が良く似合う。五~六十代に見えるが 実際の年齢は不詳だ。
春の陽光の様に穏やかで温かい笑顔を向けられると 荒んだ心まで癒されてゆく。
縁側に座り込んで放心した様に庭を眺めていた欣も例外なく 空一杯に立ち籠めた暗雲から澄んだ青空が覗き、暖かな日が柔らかく射して来るのを感じた。

「ありゃあウチのシマだったんで、何の問題もなかったんスけどね
堕鬼が斃した堕鬼は「回収屋」の女だったらしいが 素性を確認する為の死体もなく、灰も残さず消し去られては嗅覚も役に立たず 詳細は欣の様な下っ端には回って来ない。今後、付き人として必要になってくるであろう部分だけは伝えられた。後は仲間内の噂話で補うしかない。
シマ内で狼藉を働き 姿を消したカップルについては「調査中」だと嘯かれた。
欣はふんと鼻を鳴らした。
調査しているのは「居所」だけだろう。其れ以外はとっくに割れている。
「ハグレ」と呼ばれる半端者集団だ。
イカれた妄想に取憑かれた邪悪な子供達。自分達の敵である此の世界の滅亡と新たな世界の創造を、と言う独裁宣言を掲げ 刃向かう全ての者に容赦なく 志のある者は仲間に引き入れて 目下危険な勢力を拡げている最中だ。
だが 今日の所は そんな事は然したる問題ではない。
「懇親会」の後始末に比べれば ―
堕鬼が咥えていた腕は やんごとなき家柄の御子息の所有物であり 速やかな返却を求める書状が屋敷に着くと同時に手渡され 読んだ者の心臓を矢で射貫かんばかりの文であった。
此れは 欣が堀を駆け回って捕まえた主級の巨大な鯉と引き換えに 紅い目の少年から腕を取り戻せた事で片が付いた。
慇懃無礼な従者に渡し やれやれと額の汗を拭って任務の完了を喜んでいた所へ 又もや厄介ごとが持ち上がった。
鬼子に約束したパーティに 鯉しか食わない変わり者の鬼以外誰も参加しないと言うのは余りにも寂しい、そう思って 以前屋敷まで鬼子を送ってくれた当たり障りの無さそうな少年を招待したのだが ― よもや 「鬼姫」が乗り込んで来るとは思わなかった。もう一人の少女は鵺杜守の養女に相違なく 錚錚たる顔触れだ、等と感心していられたのは 一言断りを入れておこうと電話を掛けた相手に脅かされる迄の ほんの短い時間だった。
迎えに行ってみれば 校舎内の何処にも見目麗しい御令嬢が見つからず 欣から連絡を貰った金毛の同胞は 其のパーティとやらがお開きになったら連絡を寄越すようにと ― 首を洗って待っていろ、と聞こえなくもない凄みのある声で ― 返して来た。御息女は勝手に乗り込んで来たのであって 強引に攫って行った訳ではない、と言う弁明には耳を貸す気もない様だった。
度重なる心労にぐったりと項垂れていたら 凍てついた心を溶かす様な暖かい陽が射し込んで来たのだ。
「何スかねぇ もう急転直下ってヤツでして」
白衣の天使を体現しているかの様な此の男 源清舟に欣は沈痛な面持ちでぼやいた。
「其れにしても 若、どうやって会場から出てったんスかねぇ」
「出入り口がどんだけあったって外に出てくりゃあ分からねぇ筈はねぇんで」
欣は首を捻った。狼の嗅覚に触れずに出て行く事など不可能に近い。辺りにどれ程の匂いが立ち籠めていようとも 其処から一つの匂いを嗅ぎ分けるのは動作もない事だ。
「あの堕鬼も屋敷で寝てたと思やぁ 何時の間にか若と遊んでるし 分からねぇ事だらけっスわ」
一体 二人は何処で、どうやって合流したのだろう。
其の謎は身近にいる人物に因ってあっさりと解明された。
「ああ 友達に置いて行かれて拗ねてたから連れて行ってあげたんだよ」
天性の優雅な笑顔と、天然の発言力で事も無げに言う。真逆
懇親会の会場に堕鬼を放り込んだのか。僅かでも攻撃を受ければ 鋭い牙を剥き禍級の炎を上げるあの堕鬼を?
鬼の気配は幾らもあったが よもや気付かなかった。姿を眩ます位の事は鬼にとっては容易い事であるからだ。狼の嗅覚如きでは到底気付きようもない。
「いつも一人で留守番してるのに、可哀想だろう?」
会場内に響き渡る阿鼻叫喚が 欣の頭の中で鐘の音の様に反響した。全身から血の気が引くと共に 感覚すらも失われ 自身の魂が虚空へと旅立ってゆく気がした。
欣の土気色の顔を 清舟は煌めく様な笑みで見返して来た。


此の時ばかりは 周りの人間が皆敵になったのかと思いやしたよねぇ
後に 欣はそうしみじみと仲間に話した。
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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

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