第63話 鎧武者

文字数 2,451文字

カラカラカラ

光を放ちながら 暗い床の上を、乾いた音を立ててスマホが回転しながら滑ってゆく。
亀裂の入った液晶画面には 歪んだ文字が映っていた。

蒼い炎が、大鎌の様な半円の残像を見せて横に薙いだ一太刀を躱したものの、随従する凄風を受け、倒されても尚勢いは衰えず、引き摺られる様に地面を滑っていく。爪でアスファルトを引っ掻きながら抵抗し 瓦礫から飛び出した鉄筋に串刺しにされる寸前で体勢を取り戻すと 素早く半回転した。直ぐ脇を恐ろしい速さで炎の斬撃が走り抜け 倒壊したビルの瓦礫が轟音と共に吹き飛ばされる。後には 巨大な大砲を撃ち込まれたかの様な惨状が広がっていた。
「うはは マジかよ!」
「やるじゃん、弐弧!」
闇の中に朗々と響き渡った其の声に 衝撃を受けずにはいられなかった。
体が硬直して立ち上がれない。
目を見開き 息をするだけで精一杯だった。

「お前マジで予知能力あったんだな」
「スゲーわ。カンペキ躱したじゃん」

突如 轟と言う音と共に 辺り一帯がオレンジ色の炎に包まれ、熱波が襲った。
黒い煙が濛々と立ち上る。
瓦礫に押し潰されたバイクや自転車が 高々と炎を上げて燃えていた。

「何だよ其の顔」
「俺の事もう忘れたのか?相変わらずハクジョーな野郎だな」

アキ ― ?

奇怪な造形物を思わせる 其の姿。
顔の右半分を黒い面頬で覆い 歪に変形した黒い骨で出来た異様な右腕は 蒼い炎を纏った湾刀を手にしている。
其の背後を護る様に
身の丈五、六メートルはあろうかと言う 大鎧姿の武者が付き従っていたが 一見して「生きている者では無い」と分かる。兜から上方に向かって長く突き出しているのが 本物の角なのか、立物なのかも分からない。堂々たる体躯に 大木の如き二本の豪腕が付いており 巨大な刀を構えた其の姿は 具現化された悪夢の産物だ。
不意に頭に激痛が走り ぐら と視界が歪むと 意識が遠退きそうになった。
まるで アキの憎悪が体の中に流れ込んで来たかの様だ。
頭を押さえた手が紅く染まる。
「っ … !
怪我をしている事に気が付くと 今更ながらに全身の痛みが悲鳴となって頭の中に押し寄せて来た。
「如何したよ?怪我してんじゃん」
「何かあったのか?」
あの日見たのと同じ 冷笑する其の顔は もう弐弧の知る同級生の顔ではなかった。
変貌してゆく其の姿は もう幾度となく見て来たものだ。
だから 最初から誰も信じて等居ない。
「誰か」の存在に救われる日等 自分には永久に来ないだろう。
犠牲になるのか 犠牲にするのか ― いつかまた 其の選択肢に苦しめられる事になる。

闇に閉ざされた世界 歪んだ廃墟の檻
其処から 出て行きたいと思わなければ良かった

「誰か」と関わる事で 傷ついてゆく。壊れかけた心を抱えた儘 日々を生きて ―
自分の所為で変わってゆく其の目を 此の先も 死ぬまで見続けなければならない。

刺す様に頭が痛む。体が熱い。
目を開けて居られない。だが目を閉じれば 間違い無く意識を失くしてしまう。

廃トンネルから出て来た時に襲って来たあの黒い感情が 再び頭を擡げ 毒が全身に行き渡ってゆく ―

「彼奴は一緒じゃねーの?」
「ほら、赤目の鬼だよ」
「お前らどーせまだつるんでるんだろ?」
そう問いながらも特に返答は期待していない。此の少年が素直に答える訳がない、と知っている。
「火があれば何処へでも来れるって聞ーたからさ
「こんだけ用意してやったんだぜ?」
「彼奴ならぜってーお前の危機にすっ飛んで来ると思ってたのに
「そんな事もなかったな」
ははは、と朗らかに笑う。一瞬 「アキ」に戻ったかの様な、明るい笑顔を見せた。
「そっか。なら、お前もう用無しだわ」

ギィン ギィン

鋭い音が立て続けに鼓膜に飛び込んで来たが 金属音、と言うよりは硝子の様に澄んだ物が立てる音の様であった。
元より 「凡人」等と言う劣等生は 学院に居ても居なくても、どうでも良い様な存在でしかない。中には御粗末な力で悪事を働こうとする不届き者も居たが 「矯正」するのは訳も無かった。各クラスには上級の「力」を持った者が監視役として存在している。
善の仮面を被り 本性を隠して愚者の中に溶け込み 常に其の挙動を見張っているのだ。
大抵の者は 無気力で無関心、日々を怠惰に生き 存在している意義もなく 学院にとっても無価値な存在であった。
百鬼弐弧もそんな有象無象の一人に過ぎなかった。其れが
少なからず「予知」に起因しているのだろうが 危機回避に突出した能力と 凄腕の暗殺者にも引けを取らない射撃の腕前を見せつけてきた。
此の少年に驚かさせられたのは 学院での最後の日以来だ。

正確無比な銃弾は 「鬼」の目にも止まらぬ速さで、咄嗟に構えた太刀を撃ち砕き 従者の腕を刀ごと奪い、大鎧を貫通した弾は胸の真ん中に大穴を開けた。思わぬ銃弾を浴びせられ、醜悪な姿となった鎧武者は 暴風が唸る如き雄叫びを上げたが 頭を吹き飛ばされると炎に変じて消えた。
少年が手にしているのは 例の「やむなく廃品庫から失敬して来たガラクタの一級品」だろう。全く以て あの男の悪意は用意周到で、想像だにしない展開を見せてくれるではないか。

「殺る気満々かよ
「てっきり彼奴が死ぬとこを見る位なら、自分が死んだ方がマシだって言うかと思ってたのによ」

「は?巫山戯んな。お前が死ねよ」
返された少年の言葉に もう迷いはなかった。
毅然とした目は強い光を帯びて 戦うべき敵をしっかりと見据えている。
「… へー。じゃあ、もうどーしようもねーな」
アキの手に再び太刀が握られる。蒼い炎が燃え立つと 炎の中から刀を手に、ぬうと鎧武者が姿を現し 背後に聳え立った。

銃を持つ手が震えるのを左手で押さえて止める。言葉とは裏腹に 体は逃げたがって戦慄いている。
   何ビビってんだよ
   しっかりしろ
   今度だって余裕で出来るさ
   さっきも 彼奴がどう動くかなんて、手に取るように分かっただろう
自身の「声」は 決して誤らない。今迄そうだった様に 此れからも変わる事なく自分の中に在り続ける。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

百鬼弐弧(なきり にこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。

蒼鷹一縷(そうよう いちる)廃墟から弐弧が連れて来た鬼の少年

眞輪(まりん) 魅惑ボディの美少女。炎の輪を武器にする鬼姫。

甜伽(てんか) 一縷と弐弧を捕えに来た敵だが、今は同級生。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み