第82話 非道

文字数 1,273文字

「ちょ、痛!()った!マジで痛い!」
保護毛布など、巨大な獣の牙を前に 何の役にも立たない事が改めて立証された。
白銀の狐は電光石火の速さで銃弾の嵐を搔い潜ったが 其の所為で、口に咥えているものに対する思いやりは何処かへ行ってしまったらしい。
「っえ !? な … 
突き刺す痛みが消えたと思ったら、体は空に放り出されており 暴風の中の空き缶と化して斑雪の地面の上を転がっていった。
「… いって。信じらんねー」
悪態と苦痛の呻きを漏らしながら体を起こすと 白銀の狐の姿は何処にもなかった。めらめらと暗い炎を上げる地獄の光景に竦み、茫洋とする前に立ち上がる。自分の体が氷菓の様に、今にも溶け出しそうだ。
雪狐は熱さに弱い。此の灼熱に雪迅は耐えられなかったのだろう。「自分」を放り出して、一人で逃げた とは思っていないが、辺りを見回す間も無く
「もーー!!しつっこいんだからー
「慧 助けてー」
背中に体当たりを食らわす勢いで、当の雪迅がぶつかって来た。
「っで!!
散々転がった後の満身創痍の躰に追い打ちを掛けられ
「お前なー
憤った苦情を言い終える前に 雪迅が慧の脇から白い手を伸ばして前方を指差した。
「前見てって ほらー
言われて見れば 眼前に「ああ、成程」と理解し得るだけの状況が立ち塞がっていた。
金髪のツインテールに、艶めかしい肢体で尊大に振る舞う 女王然とした若い女が二丁銃を構えて此方に向けている。
「ケッ 英雄気取りかよ。かっこつけてんじゃねーぞダサ男が。
「てめーに用はねーんだよ、引っ込んでろ!」
肉付きの良い唇の端からキャンディーの棒を突き出し 冷血な爬虫類を思わせる目で二人を睨めつけた。
「いや 俺も用はねーけど」
相手への刺激を抑える為に、両手は無意識に降参のポーズを取っている。
「庇い立てすんなら、お前も殺るしかねーなあ?おい」
酷い話ではないか。
庇っている訳ではないのに。盾にされているだけだ。
とは言うものの 悪意を持って撃てば、自身の「力」が防弾硝子の如く弾丸を跳ね返す。
「やだー、怖ーい
「お願い殺さないでー」
「自分」の背中にカンペでも貼られてあるのか 空々しく棒読みする雪迅の声が背後から聞こえて来た。其れなのに 真に受けた女王の嬉しそうな顔と言ったらない。
「二人まとめて逝かせてやんよ」
二丁銃が火を噴くと同時に 悪意の込められた弾丸と性悪女は、もっと冷血な蒼い衝撃波の波紋に吹き飛ばされて視界から見えなくなった。
雪迅が慧を倒して衝撃波から護ってくれたが 覆い被さった麗しい肢体にときめきも感じなければ、胸に迫った謝礼の言葉も出ない。雪迅の台詞にたじろいだ心が 直ぐには立ち直ってくれなかったからだ。

「はあー?ナニソレー
金髪女は二人の恐れた顔を見て、殺す前に少しばかり楽しんでやろうと思ったに違いない。放たれた銃弾は唯の脅しに過ぎず
「馬鹿じゃね?
「一人で遊んでんじゃないっつの
「もっと真面目に殺ってよねー」
折角万全の策を講じたと言うのに。
殺し損ねた事に雪迅は唇を尖らせ 有りっ丈の不満を吐き捨てた。

真の非道とはこう言う事だと あのお調子者の鬼は知るべきだ。


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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきりにこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。ひねくれ者。

蒼鷹一縷(そうよういちる)弐弧が廃墟から連れて来た堕鬼。気分屋。

新那慧(にいなけい)呪い返しの「力」を持っている。率直が過ぎる弐弧の同級生。

鵺杜守甜伽(やとのかみてんか)弐弧と一縷を捕らえに来た「回収屋」。今は寸鉄人を刺しに来る同級生。

将生眞輪(まさきまりん)鬼虎こと鬼刄の長、将生刀豪の養女。「鬼姫」と呼ばれる魅惑ボディの同級生。

皇シ貴(すめらぎしき)蒼蓮会・魅鹿の長。チャラチャラした雪鬼の同級生。

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