第81話 毒女三姉妹

文字数 2,125文字

「あら、お兄様
「どうかなさって? … 酷い汗
「熱いのはお嫌い?」

焦れる程ゆっくりとした口調で 優美な喪に服した年若い女が声を掛けてきた。黒のワンピースに、コルセットが減り張りのある肢体をより強調してみせ 黒レースのショート手袋、黒レースと黒いリボンをあしらった大きめのカチューシャ 長い黒の巻き髪を揺らしながら、しゃなりしゃなりと歩く。病的な程白い肌が際立っていた。
踵の高いヒールを履いて女が歩いているのは ジェットコースターのレール並に馬鹿でかい蛇の頭の上だ。蛇に近い体を持っていると言うだけの事で、醜悪な化け物だが 焼け爛れたかの様な表皮に、後ろ側まで裂けた口から蒼黒い舌を空に這わせ 奥まで並んだ牙という牙の先から、毒の唾液をどろどろと滴らせている。
「お兄様」等と言っているが縁も所縁もなく、単に女の口癖に過ぎない。
お嬢様かぶれの此の毒蛇女が毒女三姉妹の末子に属し ― 鋭利な棘のついた背骨状の長い鞭が、レーザー光線の如く斉射されるも 体に触れる前に氷片となって吹雪の中に攫われていった。棘には猛毒があり かすっただけで浄化の術を持たない者は悶死する。そんな物騒なものを、網の様に投げつけて来るのが 黒魔女のローブを纏った好戦的な次女だ。
自身が作り上げる繚乱の炎の花苑に酔いしれ、猛毒の火粉を舞い上げては 陰で愉悦に浸っているのが根暗な長女で 其の姿を見た者は無い。否 見たにせよ、死の間際だろう。
次々と現れる刺客に歯が立たない訳では無いが 何奴も此奴も自分の特性とは相容れず、此の煩わしい膠着状態に至っては、そろそろ終止符を打つ必要がある。
忽然と現れた黒い球体のフィールドは 外部からの介入を遮断すると共に、中に入った者を喰らう食虫植物の様な構造だった。慧の救出かたがた取り払ってやったのは、紛う事無き自身の恩情だ。
フィールドの支配者は「ハグレ」を先導する白ウサギで 要注意人物として度々議題には上っていたが 詭弁を弄してイカれた妄想を植え付け、人心を操るのが上手いだけの優男だと 視界の片隅にさえ入れた事もなかった。
鬼ではない者が 鬼を統べているのか。
今回の諸悪の根源は三姉妹では無く 三姉妹が傾倒している鳥羽玉の死に神男だ。
男の紅い眼を見た時、其の眼に唯ならぬ凶威が潜んでいるのに気が付いた。

目は紅いが、堕鬼ではない。此の男は一体 ―

そんな男が召喚した藁人形なら、確かに手強いに違いない。だが 何も其処まで劫火を上げなくとも良さそうなものではないか。機に乗じた毒の炎が再び勢力を盛り返し 彼方此方から上がる炎には既に辟易している。其れに 幾ら炎を抑えたとて 毒の香が大気中に満ちていくの迄は止められない。
「鼻血出てんじゃん
「ヤバクね?」
鼻孔から流れ落ちる血をぺろりと舐めると 自身の血の味にぞくぞくした。
極限まで晒された命の灯火につまされ 此の儘 此の衝動の儘に「力」を解き放てば 更に無上の快感を得られるのだと 鬼魂が疼く。

何と言う甘美な誘惑か ―

「お可哀想なお兄様」
女は芝居がかった台詞で、ありもしない同情を示して見せたが
「まあまあキタわー、此れ
魔法の様に氷細工の鏡台を作り出し
「ダサ過ぎて引く」
映った自身の容姿について言及しただけで、祀貴がにやにやと揶揄いの笑みを見せると 女の冷めた視線の中に殺意が込められた。
「嫌だわ お兄様ったら
「御冗談を」
大蛇の化け物が、最大限の非難を火炎放射と言う形で吐き出し 同族殺しに余念の無い棘の鞭が幾筋も空を貫いた。

鬼は 自らの血で最も狂う

たかが鼻血 されど、体に入った毒と此の耐え難い熱さに対する苛立ちを今や抑えきれず 自身の限界が近付いて来ている。浄化に割く「力」を攻撃に変え、状況を揺るがせなかったが 是れ以上は後がない。
仲間は彼方此方で足止めされ 毒婦を地で行く三姉妹を凌ぐ「力」を引き出す事は 

を意味する。
息もつかせぬ勢いで連射される毒の鞭を凍らせ、煌びやかな氷片に変える傍から 白銀の美しい地表を無粋にも砕いて、大蛇の大群が我先にと首を伸ばして競い合い 火炎を放射しながら襲い掛かって来た。
喰らい付いてきた諸々の大蛇を、八岐大蛇宛らの氷像に変え 歪な其の姿の前に立つと、祀貴は自身の額を叩き付けて木っ端微塵に破壊した。
驚きの光景にも女は表情一つ変えず 唯、呆れた目で眺めるだけに留めた。
「くーーー!!
「たまんねぇー!」
額を抑えて高笑いする「雪鬼」は どうやら際で正気を取り戻したらしい。
「まあ、残念
「昇天なされば さぞ面白う御座いましたのに」
急所を打ち付けて、鬼魂を吹っ飛ばしたくなる程狂ったかと思ったものを。しぶとく踏み留まった事に、女の顔には深い落胆の色が表われたが ものの数秒後には驚嘆に代わっていた。
硝子が割れる様に、亀裂の入った氷は祀貴の足元から放射状に砕けてゆき 全ての氷は青白い欠片となって、神秘的な光りを撒き散らしながら儚く消え去った。下から現れた炎に因って、瞬く間に地表は灼熱地獄となったのだが 事もあろうに、「雪鬼」が自らフィールドを放棄したのだ。
何故か、と考える必要もなかった。

百雷が落ち 冷笑する蒼い目は、最も凶悪な鬼が此の地に降り立った事を教えていた。

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登場人物紹介

百鬼弐弧(なきりにこ)廃墟で育った平凡な高校生だが予知能力がある。ひねくれ者。

蒼鷹一縷(そうよういちる)弐弧が廃墟から連れて来た堕鬼。気分屋。

新那慧(にいなけい)呪い返しの「力」を持っている。率直が過ぎる弐弧の同級生。

鵺杜守甜伽(やとのかみてんか)弐弧と一縷を捕らえに来た「回収屋」。今は寸鉄人を刺しに来る同級生。

将生眞輪(まさきまりん)鬼虎こと鬼刄の長、将生刀豪の養女。「鬼姫」と呼ばれる魅惑ボディの同級生。

皇シ貴(すめらぎしき)蒼蓮会・魅鹿の長。チャラチャラした雪鬼の同級生。

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