第84話 旅立ち
文字数 1,336文字
「今日は此処まで」
と言いながら チャイムを遙かに凌ぐ大声を張り上げて、予習と復習を促す教師の声も何処へやら 学生達は早くも席を立って各々雑談を始めている。
そんな中 相も変わらず、前の席の級友は陰気に座っていた。今日はまた一段と酷い。
伏せ目がちに虚空を見つめる目が アメジストも斯くやの「紫色」になっている事に気が付いた。蒼でもなく 紅でもない。
言うなれば
正気と狂気の狭間に居るかの様な ―
あれから 何がどうなったのか、未だに分からない事は多いが 「十番街」が消えたと言う話は、密やかな波紋となって学院内にも広まっている。
其れでも 面白おかしく吹聴して回る者はおらず 校内では禁忌の様に、皆一様に口を慎んだ。
何も悲劇ばかりでは無い。
残された鬼の爪痕に戦いた化け物共が影を潜め 最も抗争の激しかった街は、治安が良くなったのを機にまた人が戻り 新たな「十番街」として再生されつつある。
「何だよ?」
煩わしそうな声にも覇気を感じられない。具合が悪いなら無理に登校せずとも、休めば良いものを 変に生真面目なところがある。
「んー? 鼻血拭いたら教えてやるよ」
其の割に性格は雑で、髪など何時も無造作に束ねているだけだが 今日は全体的に放棄されている。
手櫛で結わえてやり ― 其処に こっそりと一工夫加えておいた。
あの時 遠くに見えていたのは猛毒の炎だった、と雪迅に聞かされ、肝を冷やしたが 幸いにも「自分」の体には何の異変も起こらなかった。
あからさまに鼻血を垂らしている級友なら二人ほど知っている。
以前、級友の家では医者と会っている。悪名高い黒鬼の屋敷と言えど お抱えの医者位居て然るべきだろう。登校の許可が下りているなら、余り心配は要らないのか。
唯「自分」が 血の気の無い顔色をしていながら 血を流している級友を看過出来ないだけなのかも知れない。
当の本人は 手の甲で拭って、やっと気が付いたらしかった。
「きったねーな。ハンカチくらい持ってねーのかよ」
「自分」と同様に看過出来ない蘇芳竹流が、ハンカチならぬスポーツタオルを ― 歩いて来る道すがら、戸口付近に居た学生から有無を言わさせずに奪って来た ― 投げて寄越す。
其れに対して 級友は反論する気力もないらしく、体の反応だけで受け取った。
「タケちゃん 何?」
竹流のクラスは校舎の一番最奥に在り、授業の合間の休み時間に一寸寄るには遠い。
「いや、何じゃねーし
「外泊すんのは構わねーけどさ
「何時まで経っても帰って来ねーから、仕方無く此処まで来たんだろ
「俺の原付どーした?」
是れ以上無く簡潔に纏められた良い質問だと思ったが
「…
「…
二人は揃って何とも言えない表情になり、露骨に竹流の視線を避けている。
「お前らグルかよ」
竹流は追及の手を緩めない冷血な目で見据えたが
「そんな事だと思った。まー、大体想像ついてるから別に良いけど
「二人とも無事で何よりだしな」
一転して表情を緩めると、寛大な心で
「だからって、許すとかねーから
「慧、部屋の掃除は今後お前の担当な」
許すのかと思いきや、特有の薄ら笑いに切り替わる。学院寮のルームメイトでもある蘇芳竹流の血も涙も無い言葉を受け
「うわ最悪。有り難くて泣ける」
慧は何時もの抑揚の無い声に、心中の言葉を添えて返した。
と言いながら チャイムを遙かに凌ぐ大声を張り上げて、予習と復習を促す教師の声も何処へやら 学生達は早くも席を立って各々雑談を始めている。
そんな中 相も変わらず、前の席の級友は陰気に座っていた。今日はまた一段と酷い。
伏せ目がちに虚空を見つめる目が アメジストも斯くやの「紫色」になっている事に気が付いた。蒼でもなく 紅でもない。
言うなれば
正気と狂気の狭間に居るかの様な ―
あれから 何がどうなったのか、未だに分からない事は多いが 「十番街」が消えたと言う話は、密やかな波紋となって学院内にも広まっている。
其れでも 面白おかしく吹聴して回る者はおらず 校内では禁忌の様に、皆一様に口を慎んだ。
何も悲劇ばかりでは無い。
残された鬼の爪痕に戦いた化け物共が影を潜め 最も抗争の激しかった街は、治安が良くなったのを機にまた人が戻り 新たな「十番街」として再生されつつある。
「何だよ?」
煩わしそうな声にも覇気を感じられない。具合が悪いなら無理に登校せずとも、休めば良いものを 変に生真面目なところがある。
「んー? 鼻血拭いたら教えてやるよ」
其の割に性格は雑で、髪など何時も無造作に束ねているだけだが 今日は全体的に放棄されている。
手櫛で結わえてやり ― 其処に こっそりと一工夫加えておいた。
あの時 遠くに見えていたのは猛毒の炎だった、と雪迅に聞かされ、肝を冷やしたが 幸いにも「自分」の体には何の異変も起こらなかった。
あからさまに鼻血を垂らしている級友なら二人ほど知っている。
以前、級友の家では医者と会っている。悪名高い黒鬼の屋敷と言えど お抱えの医者位居て然るべきだろう。登校の許可が下りているなら、余り心配は要らないのか。
唯「自分」が 血の気の無い顔色をしていながら 血を流している級友を看過出来ないだけなのかも知れない。
当の本人は 手の甲で拭って、やっと気が付いたらしかった。
「きったねーな。ハンカチくらい持ってねーのかよ」
「自分」と同様に看過出来ない蘇芳竹流が、ハンカチならぬスポーツタオルを ― 歩いて来る道すがら、戸口付近に居た学生から有無を言わさせずに奪って来た ― 投げて寄越す。
其れに対して 級友は反論する気力もないらしく、体の反応だけで受け取った。
「タケちゃん 何?」
竹流のクラスは校舎の一番最奥に在り、授業の合間の休み時間に一寸寄るには遠い。
「いや、何じゃねーし
「外泊すんのは構わねーけどさ
「何時まで経っても帰って来ねーから、仕方無く此処まで来たんだろ
「俺の原付どーした?」
是れ以上無く簡潔に纏められた良い質問だと思ったが
「…
「…
二人は揃って何とも言えない表情になり、露骨に竹流の視線を避けている。
「お前らグルかよ」
竹流は追及の手を緩めない冷血な目で見据えたが
「そんな事だと思った。まー、大体想像ついてるから別に良いけど
「二人とも無事で何よりだしな」
一転して表情を緩めると、寛大な心で
「だからって、許すとかねーから
「慧、部屋の掃除は今後お前の担当な」
許すのかと思いきや、特有の薄ら笑いに切り替わる。学院寮のルームメイトでもある蘇芳竹流の血も涙も無い言葉を受け
「うわ最悪。有り難くて泣ける」
慧は何時もの抑揚の無い声に、心中の言葉を添えて返した。