第58話副作用の確率はそんなに高いのか

文字数 2,256文字

そして、その部長の部屋には、辰男と三澤さんだけが残される形となった。
そこで三澤さんからの提案で、辰男が使用しているミーティングルームへと場所を移して、二人だけでの密談を行うこととなった。
その後部屋へと到着し、そこでさっそく三澤さんは自分のノートパソコンを机の上に置き、何やらデータ表みたいな物を辰男にみせてくれたのである。
「小林さん、実は昨日、佐藤部長から連絡を頂きまして、あの混合液を人体に使用した場合のリスク表を、前回の実験データを元にして作成してくれと依頼を受けていたのです。
そこで私は昨夜一晩かけて、前回の動物実験により得られたデータと、その実験中の様子を映していた映像とを参考にして私なりに、効果と副作用との相対リスク表と題したものを作成してみました」
すると辰男は驚きのあまり、言葉には出来ずに心の中で
「そこまで佐藤部長は考えていてくれたんだ。
本当に申し訳ありませんでした」
と呟いていたのであった。
そしてそのパソコンの画面には、AからEまで5パターンの混合液の注入量による癌細胞縮小の効果と、脳障害を起こしてしまうリスクとが、グラフとなって表されていた。
辰男はその画面を、目を凝らし、上から順に見ていった。
画面の上半分には折れ線グラフが表示されており、その下には注意書きとして次のような文章が載っていた。
「このグラフはマウスを使用した動物実験でのデータを参考にして、治験者の体重が50kgと想定した時の予想値であり、とうぜん人体に使用した場合には体格差、及び個人差などもある為に、多少の誤差が生じてきてしまう可能性が有ります。
それと今回の実験に使用した不思議なマリモと孔雀の羽から抽出した混合液は、他の抗癌剤と比較して効果、及び副作用が強く現れることが予測されます。
特に心臓や血管に対して大きな負担が掛かるため、一回限定の治療と致します」
と書かれてあった。
辰男は、その画面をひと通り見終わってから三澤さんに解説を求めたのである。
すると三澤さんは、混合液の注入量による5パターンの効果とリスクとを、その折れ線グラフに指を当てながら説明してくれた。
「このグラフは末期の癌患者さんを想定して作成したものです。
不思議なマリモと孔雀の羽から抽出した混合液を、その患者さんに、どのくらいの量を注入すれば、どれほどの効果が期待出来るのか。
またその時、どのくらいの割合で副作用である脳障害が起きてしまうのかをグラフにしたものです。
このグラフを見てもらっても分かりますように、混合液を末期癌の患者さんに注入した場合の悪性腫瘍の縮小率は4ccを注入した場合には20%、8ccを注入した場合には60%、12ccを注入した場合には80%、16ccを注入した場合には90%、そして20ccを注入した場合には99.999%、すなわちほぼ完治が見込めます。
しかし副作用である脳障害の出現率も悪性腫瘍の縮小率と同じで4ccの場合は20%、8ccの場合は60%、12ccの場合は80%、16ccの場合は90%、そして20ccの場合には99.999%となっています」
その三澤さんからの説明を聞き終わってから辰男は、疑問に思った点について質問してみた。
「ここに一回限定の治療と致しますと書いて有るのですが、これはどういう意味ですか?」
すると三澤さんは丁寧に説明してくれた。
「私も前回の実験映像を見させて頂いたのですが、その時に映っていた緑色した光線が、マウスの体内を高速で駆け巡っていた現象には衝撃を受けました。
そしてあの映像と、実験データとを見た上で解明出来たことが有ります。
それは、たとえ注入量が少量であったとしても、その混合液が全身に隈なく存在している体内にあるブドウ糖を、磁石のように吸い付けながら高速で駆け巡っていたという点です。
その為に毛細血管のみならず、静脈や動脈など全ての血管及び、循環器でもある心臓にも高圧により負担が掛かってしまい、破裂や動脈硬化といったリスクが上昇してしまうのです。
ですので注入量の多い少ないに係わらず、複数回に渡る注入は無理です」
しかし辰男はもう一度、念のために聞いてみた。
「私の考えとしては出来るだけ、その脳障害というリスクを抑えたいと思っているので少量から試して行き、そして徐々にその量を増やして行きたいと思うのですが、やはり無理でしょうか?」
すると三澤さんにはキッパリと言われた。
「無理です、一発勝負です。
お伺いしている奥様の病状からしてみますと残念では有りますが、現代の医学では他に助ける手段は有りません。
唯一の方法として、いま研究段階である、この不思議なマリモと孔雀の羽から抽出した混合液を注入することしか残されておりません。
そしてその最適な注入量として私は、上限である20ccをお薦めします。
それ以上の量ですと、循環器に破裂といったリスクが格段に上昇してしまいます。
逆にそれ以下の量ですと、悪性腫瘍を完全には消滅させる事が出来ない為、少量でも残ってしまったその腫瘍が、また増殖を始めてしまい、元の大きさに戻ってしまうという事が考えられるのです。
ですので副作用のリスクは伴いますが、一発勝負に懸けてみるしか無いのです。
そこで奥様に、その混合液を20cc注入した場合の効果とリスクとが、この表のグラフに書いてある通りとなってきます。
現在の末期癌が完治する確率は99.999%、そして副作用である深刻な脳障害が起こるであろう確率も99.999%で、ほぼ100パーセントという事になります」
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