第21話マウスよごめん許してくれ

文字数 2,097文字

そして週が明け、雨宮リーダーが練ったプラン通りに実験研究の準備を始める事にした。
リーダーから指名された俺と藤井君と井上君とでA棟2階にある動物飼育室へと向かうことになった。
この部屋では薬剤や殺虫剤の効き目を調べる為に昆虫や小動物、または害虫などを繁殖させたり飼育をしている。
3人で部屋へと入り動物実験申請書にマウス7匹と記入してから、プラスチック製の透明な飼育ケースの中にその7匹を入れてもらい部屋を後にした。
次に向かう場所はB棟の3階にある薬剤保管庫である。
そこには世界中で流通している全ての薬品のほか、薬物、毒物、劇物などを含む、ありとあらゆる薬品系製品が、厳重なセキュリティーのもと管理されている。
我が社でも、ライバルである世界中の製薬会社が製造した薬品類を全て取り寄せ、この部屋で管理をしている。
そして時にはその製品の成分分析研究を進めて行き、新薬の開発に役立てているのである。
その後3人でエレベーターに乗り、B棟の3階へとやって来た。
しかしこの薬剤保管庫の中へと入れるのは社員の中でも、社内資格でもある危険薬剤取り扱い試験に合格した人だけに限られているのである。
その資格を持っている藤井君に保管庫への入室をお願いして、俺と井上君の2人は廊下に置いてあるベンチシートに座り、待つことにした。
それから30分ほどが経過した頃であった。
藤井君が小型のジュラルミンケースを片手に持ち、薬剤保管庫の中から出てきた。
その鍵付きのケースの中には、動物実験用に使用するガン幹細胞植え付け用の注射器とカプセルとが入っているのだ。
当然、それは危険薬剤に該当するので俺みたいに、その社内試験に合格していない者は一切触れることが出来ない取り決めとなっている。

その後3人でH棟の3階へと戻り、雨宮リーダー以外の3名と合流をして、ミーティングルームの隣にある作業室へと白衣を羽織ってから入っていった。
そして早速そこにある作業台を利用して、マウスにガン幹細胞を植え付ける準備に取り掛かることにした。
藤井君にはジュラルミンケースの中に入っている注射器とカプセルを取り出してもらい、マウスへの注入の準備をしてもらう事にした。
それ以外の5人は手分けをして飼育ケースの中にいる7匹のマウスたちを取り出し、麻酔注射を順次打っていった。
その後、上司との打ち合わせに向かっていた雨宮リーダーも合流し、暫くした所で麻酔の効き目を確認してみた。
するとマウスたちは完全に眠りに落ちていたのである。
その様子を確認した藤井君が、赤く濁っているガン幹細胞をカプセルから注射器の中へと吸引を開始した。
そして準備が整った所で雨宮リーダーがゴーサインを下し、藤井君の手によってガン幹細胞のマウスへの注入が始まったのである。
藤井君は白いガーゼの上に横たわっているマウスを左手で掴み、腹部にズブッと注射針を突き刺し、その悪魔の液体を注入していった。
その光景を見ていた俺は、そのマウスに対して、申し訳ない気持ちと切なさとで一杯になっていた。
「いくら人間の病気治療の為だとはいえ、動物実験自体が人間のエゴだという事は分かっている。
それと共に地球全体を牛耳っているのは人間さまだと、みんな勘違いをしているのでは無いのかと思う時もある。
しかしそれも癌で亡くなった姉の無念さを晴らすことに繋がってくるんだ。
ごめん、許してくれ」
その後も藤井君が淡々と注射器によるガン幹細胞の植え付け作業を行ってゆき、7匹への注入に5分と掛からなかった。
その後7匹のマウスたちを、ガーゼごと飼育ケースの中へと戻してから無菌室へと運んで行き、この日の作業は終了した。

そして翌日となりミーティングルームに全員が集合し、雨宮リーダーから今後のスケジュールについての説明があった。
「不思議なマリモから抽出された3種類の新型化合物による動物実験なのですが、昨日マウスに注入したガン幹細胞が増殖するまでの間、期間を置くことになります。
それまでの約ひと月間はマウスのデータを取りながら、各々で実験に向けての研究や準備をしておいて下さい」との事であった。
そこで俺はその週の週末、久し振りに東京の自宅へと戻ることにした。
妻の真知子とは度々電話で連絡を取り合ってはいたのだが、8月に行った手術後の経過もずっと気になっていたからだ。
そこで、あとひと月も経てば正月休みにもなるのだが、一度帰ってみる事にした。
土曜日の朝早く、つくばエクスプレスに乗り京浜東北線、京浜急行線と乗り継いで我が家へと戻ってきた。
そしてドアを開け
「ただいま」と元気よく声を発すると
「お帰りなさい」と妻が笑顔で迎えてくれた。
やはり電話で何十回と声を聞くのと、実際に元気そうな顔を見ることが出来るのとでは全く違ったのである。
俺はホッとした。
そして最近の体調を聞いてみたのだが、すこぶる元気だという事であった。
その後リビングへと上がり、温かいお茶を啜りながら、二人だけのノンビリとした時間を久し振りに満喫した。

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