第47話まさかの副作用が

文字数 2,149文字

それから週も変わり、無菌室にいるマウスたちの様子を見に行っていた松岡君が、こんな言葉を漏らした。
「なんか変なんですよね、先週の実験で使用したマウスたちなんですけれども、未だに横たわったままで餌箱の中身が一向に減らないんですよ。
もうとっくに麻酔からは醒めているはずなのに」
その時、ミーティングルームにいたメンバーが即座に、その言葉に反応した。
そして井上君が
「それは本当か?」
と松岡君に問い質した時、全員に緊張感が走った。
その後、誰も口にすること無く、自然と皆んなの足が無菌室へと向かっていた。
防塵服に着替え、そして扉を開け中へと入って行くと、松岡君の言っていた通り、未だにケージの中で横たわったままでいる2匹のマウスたちの姿があった。
それを見て心配した井上君が、ケージの扉を開けてマウスの体を指先で擦ってみた。
するとそのマウスはそれに反応して、自分で体を揺すり始めたのである。
そしてもう一匹のマウスにも試してみたのだが、同様の結果であった。
次にマウスたちを右手で掴み、ケージの中から出して、4本の手足で立てるのかを試してみることにした。
しかしそのマウスたちの目は、見開いてはいるのだが何度試してみても、そのまま横にゴロンと転がってしまうのであった。
その後、雨宮リーダーの提案で、そのマウスたちに食事を与えてみようという話になった。
そこで松岡君が極小のスプーンを用意してきて餌を掬い、マウスの口元に近づけてみた。
しかしそのマウスは一点を見続けたまま、まったく興味を示さなかったのである。
仕方なく松岡君は無理やり、口に押し付けてみたのだが、マウスは顔を傾げてしまい、嫌がっているようにも見てとれた。
次に細いチューブを使い、水を飲ませてみる事にした。
ビーカーの中へ貯めた水の中に一方のチューブの端を入れ、もう一方のチューブの端をマウスの口の中に差し込もうとした時であった。
最初の二度三度は敬遠していたのだが、何度も何度も同じ動作を続けていく内に、次第にその細いチューブを上下の歯で噛むようになってきたのである。
すると少量ずつでは有るのだが、チューブの中に溜まっていた水がマウスの喉を潤していった。
そしてその動作を繰り返していく内に、マウスは学習能力を得たのか、もしくは何かを思い出したのであろうか、一心不乱にその細いチューブを噛み続けていた。
そしてもう一匹のマウスにも試してみたのだが同様であった。
俺はその姿を見ていて悲しくなってきた。
「2匹のマウスたちは、相当に喉が渇いていたのだろう。
俺はてっきりケージの中に用意しておいた餌と水を、麻酔が醒めてから自力で摂取しているものだとばかり思っていた。
木曜日の実験後、土日も挟んでこの月曜日になるまでの間、それに気付いてあげられなくて本当に申し訳なかった、ごめん」
その2匹のマウスとも、今回の実験により癌細胞が完全に消滅し、血色も良くなってきてはいたのだが、栄養補給を全く出来ていなかったので、未だにその体は痩せ細ったままの状態であった。
そしてこれから暫くの間は、栄養剤を点滴しながら、回復の様子を観察していく事になった。

それから2週間が経過し、全員が揃ったミーティングの中で、マウスたちの経過観察を担当していた松岡君からの報告があった。
それによると毎日おこなっている栄養剤の点滴補給により、いくらか体もふっくらとしてきたそうである。
それと、まだぎこちない動作では有るのだが、水や餌を口の近くに宛がってあげると、自力で少しずつ摂取できるようにもなってきたのだとか。
しかし、まだ一日のうち、眠っている時間が大半だと言う。
そして最も気掛かりな点として挙がったのが、未だに横たわったまま自力では立ち上がれないという事であった。
それらの事例を松岡君がホワイトボードに書き記してゆき、そして問題点を二つ洗い出したのであった。
先ずその一つめとしては、麻酔は疾うに醒めているはずなのに寝ている時間が長すぎること。
それともう一つ、未だに自力では立ち上がる事が出来ていないということ。
それらの事態を全員で討議した結果、次のような事が考えられるとして結論付けられた。
それとは脳血管疾患であった。
その病名に辿り着いた時、俺は嫌な予感がした。
「今回の実験によって、そのような副作用が発生したのだとすると、この研究は中止に追い込まれてしまうか、もしくはその副作用が解決するまでの間、今後の研究を進めてゆく上で大幅に遅れが生じて来てしまう恐れがある」
と考えた。
その後、雨宮リーダーから、それを解明する為のMRI検査の予約が取れたとの説明があり、この日はこれにて散会となった。

それから3日後のMRI検査当日のことであった。
松岡君と川上君が始業ベルが鳴るのと同時に、無菌室にいた2匹のマウスたちをMRI検査室へと連れ出していった。
そしてその検査の結果を、午後からミーティングルームにあるモニター画面にて検証する事となったのだが、我ら7名のメンバーの中には脳に詳しいスペシャリストは居なかったのである。
そこで急遽、MRI検査室からの推薦で、その分野に詳しい一人の技師を紹介してもらう事になった。
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