第22話平和島へと出掛けてみた

文字数 2,437文字

その後、たまには映画でも見に行ってみるかという話になり、昼食も兼ねて平和島にある複合ビルへと向かうことになった。
最寄りの駅まで二人でブラブラと商店街を歩いて行き、京浜急行線に乗り平和島駅へと到着した。
そこからまた二人で娘たちの話や雑談などを交わしながら歩いていったのだが、その時間はとても心地よく、俺はこのまま何処までも歩き続けて行きたい気分になっていた。
そうしている内に15分ほどで複合ビルへと到着してしまい、2階にあるファミリーレストランで早めの昼食をとることにした。
メニュー表を眺めている真知子の瞳は輝いていて、どれを食べようかと楽しそうに悩む姿が、こちらにも伝わってきていた。
そして食事中も二人の会話は弾んだ。
「良かった、これで真知子はもう大丈夫だ。
食欲も有るようだし、精神的にも落ち着いていて以前の真知子の姿に戻っている」
食器を下げられた後も、お代わり自由のコーヒーを飲みながら二人の楽しい会話は続いていたのだが、ふと時計を見てみると既に入店から2時間以上も経過していたのであった。
二人は慌てて同じ建物の4階にあるシネマのフロアへと上がっていった。
そして見てみたいと思う映画を二人であれこれと迷い、そして決めてから座席の予約をしたのである。
しかしその映画が始まるまでには40分以上の待ち時間があったので、階下にあるゲームセンターで時間をつぶす事にした。
そこには多くのクレーンゲームや、いま流行りの音楽ゲームも置いてあり、久し振りにやってみることにした。
その時の子供のようにして、はしゃぐ真知子の姿を見て、俺は心の中で誓った。
「本当に元気になってくれて良かった。
お前のことは、この先、何が起ころうとも俺が全力で守ってあげるからな。
命懸けでな」
その後、楽しかった映画も見終わり、
「やっぱりジャッキーはいいよね」
「最高だよね」
と言いながら帰途へとついた。

そして家からの最寄りの駅の改札を出てから真知子が
「今晩は何が食べたい?」
と俺に聞いてきた。
すると俺は
「久し振りに娘たちと4人で鍋でも突っつくか?」
と返答し、途中にあるスーパーで鮭と鱈と牡蠣、それに野菜やキノコ類も買い揃えて家路についたのであった。
そして真知子が台所へと入り、夕食の準備を始め出した時だった。
「俺もたまには手伝うから」
と言いながら俺も台所へと入っていったのだが、真知子が
「あら、たまにでは無く結婚してから初めてでしょ」
と笑いながら返してきた。
確かに俺は小さい頃から親父の立ち振舞いを見てきて、男たる者、厨房には入るべからずと思ってきた。
実際にはお湯くらい沸かしたことは有るのだが、料理など作ったことがない。
今もつくばで一人暮らしをしているのだが、全て外食かコンビニ弁当で済ませている。
しかし俺が台所に立つことによって、真知子とのコミュニケーションが今まで以上に取れるようになったり、意外と俺にも料理のセンスが有るのかも知れないなと錯覚をして行動に移してみたのだ。
ところが真知子が鍋用の出汁をとったり、魚や野菜を手際よく切り分けている隣に俺はいたのだが、真知子が自分の腰を使い、俺のことをジワジワと端の方へと追いやってきた。
そんなこったで俺は結局、シメジや舞茸を手で解すことぐらいしか出来なかった。
つまり、ただの足手まといだったのだ。
しかしその間は、娘たちの将来の話や他愛もない会話をしながらであったので、それはそれでとても心地よく幸せを感じることの出来る時の流れでもあった。
その後真知子はいつの間にか、レタスと胡瓜とトマトのサラダをサッサッサッとドレッシングと和えて完成させていた。
そして鍋用の具材を盛った皿と、サラダを盛り付けた皿とをダイニングテーブルへと運んで行き、夕食の準備は整ったのである。
その後二人して7時のニュースを見ていると、娘たちが次々と帰宅してきた。
それに合わせて真知子が卓上コンロの火をつけて、具材である魚介類を最初に投入していった。
そして娘たちが部屋着に着替えてダイニングへと入ってくる頃を見計らい、菜箸を手にして野菜やキノコ類を順次追加していった。
グツグツグツ、それは我が家では冬の定番であるゆうげの情景であった。
そして4人で鍋を突っつきながらの会話は弾んだ。
娘たちの学校生活での話、俺のだらしない一人暮らしでの様子や、いま取り組んでいる仕事の話。
それから芸能界やスポーツの話題まで、そのテーマは幅広く拡がっていった。
「こうして久し振りに娘たちの笑顔も見ることが出来て良かった」
俺は次第に酒量も増えてゆき、こういう一家団欒の時間が持てた事をとても嬉しく思い、また同時に鋭気を養えたことも有り難く感じていた。

翌日、娘たちは朝早くから出掛けることとなり、俺は
「お母さんのことを頼むぞ」
と言って玄関先で娘たちと握手をしてから別れた。
その後、午前中は真知子とリビングで寛ぎ、昼食には俺の大好物である手作りのコロッケを揚げてもらい、それを鱈腹食べてから、つくばに戻る準備に取り掛かった。
そして真知子には最寄りの駅まで送ってもらうことになり、その途中にある商店街の雑踏の中を、久し振りに手を繋ぎ会話をしながら歩いていった。
そうして自動改札の前で足を止め、軽くハグをしてからお互いに
「じゃあね」
と言い、手を振りながら別れたのであった。
そして俺は電車に乗り込んでから思った。
「今回、家に戻ってきて本当に良かった。
真知子の元気そうな顔も見られたしな。
最初に肺癌だと聞かされた時には本当に驚かされたけれども、それも初期のうちに判明して悪い所は全部取ってしまったからな。
今の様子ならば、もう大丈夫だろう。
これで俺も安心して実験に打ち込めるや」
そうやって暗くなってきたつくばエクスプレスの車窓を眺めていた。
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