第46話やった、実験は成功したぞ

文字数 1,958文字

午後からの始業を知らせるベルの音と共に、リーダーがモニターのスイッチを入れてみると、既に午前中に行ったCT検査のデータが届いていた。
その後、メンバー全員の視線がそのモニター画面に集中したのを見計らって、リーダーがクリックを開始したのである。
そして1匹めのCT画像が、その画面に写し出された時であった。
一斉に全員から歓声が沸き起こった。
奇跡が起きていたのだ。
昨日まで内臓全体や骨にまで転移していた癌細胞が、すっかりと消え去っていたのである。
部屋の中にその歓声の余韻が残る中、次にリーダーは輪切り状態になった断層写真の画像に切り替え、マウスの鼻先から尻尾の先までを、ユックリとスクロールさせていった。
するとその画像にも癌細胞は、跡形も残ってはいなかった。
その時、全員の興奮はピークを迎えていた。
しかしリーダーの雨宮君は、手のひらで制止をするようなポーズを取りながら
「念のために、もう1匹のマウスの画像も確認してみましょう」
そう言って、そのCT画像を正面からと断層写真とを続けてモニター画面に写し出させていった。
するとそこにも増殖を続けていた癌細胞は、微塵もなく残されてはいなかった。
それを見終わった途端、全員から拍手喝采が沸き起こり、そしてそれはミーティングルーム全体に響き渡ったのである。
またそれは、俺にとっても至福の時を迎えていた。
「自分が求めていた薬に、一歩近づくことが出来たんだ」
そしてその後、検査ルームより連絡が入り、血液の腫瘍マーカー値も正常の範囲内へ戻っていたとの嬉しい報告もあった。
それらの結果を踏まえた上で、ミーティングが開かれる事となった。
そして雨宮リーダーからの開口一番
「皆さん、おめでとうございます。
奇跡が起きました」
の言葉から始まった。
続けて
「本日の実験結果を見るかぎり、不思議なマリモと孔雀の羽から抽出した成分との合成実験は、大成功したものと思われます。
皆さんの努力が報われたことに関しまして、私も大変嬉しく思っております。
そこで、これからの新薬承認までの流れを、順を追って説明させて頂きます。
まず最初に、今回の実験についての報告書を私が作成します。
その報告書を来月に行われる予定である、我が社の重役会議に諮ります。
そしてそこの会議にて、採算性や安定供給の体制を敷くことが出来るのか等を総合的に判断した上で、新薬承認へと向けたゴーサインが出される形になってきます。
しかしです。
残念なことに、今回の実験で使用した不思議なマリモと孔雀の羽の成分とを合成した混合液は、あと僅かしか残っておりません。
そのために現時点では、患者さんへの安定供給という面で、不採択になるものと考えられます。
その不思議なマリモから抽出した3種類の新型化合物と同様の物質を、世界中の化学者たちが人工的に作り出そうとはしているのですが、その完成までには、まだ5年は掛かるのでは無いのかと言われています。
その新型化合物が出来上がってから、やっと今回の実験と同じように、孔雀の羽から抽出した成分と合成をさせ、新薬を作り出せるのです。
その後、今回得られることの出来た成果と、あらゆるデータとを踏まえた上で、治験計画書を我が社で作成いたします。
その書類を厚生労働省内にある治験審査委員会に提出をして、そこで厳密な審査を仮に通過するとします。
するとそこで初めて、医療機関に入院している患者さんに対しての治験がおこなえるのです。
皆さんもご存知だとは思いますが、治験と言いますのは臨床試験の一種でありまして、医療機関に於いて、薬品や医療機器などを実際に患者さんへの治療に用いてもらい、それによって科学的にデータを収集し、効果や安全性を確かめる試験のことなのです。
それに合格しますと晴れて厚生労働省より、新薬としての製造販売の承認が下りる訳です。
しかし日本では、治験を開始してから厚生労働省の承認を得られるまでの間に、平均しておよそ4年以上も掛かっているのが現状です。
それらの事を考え合わせてみますと、今回の実験に成功した混合液が、実際に難病である患者さんたちの治療に使用出来るようになるまでには、まだ10年以上は掛かるのでは無いのかと思われます。

取り敢えず、今回の実験は大成功いたしました。
しかしこれから先も、多くの難題が待ち受けていることでしょう。
そこにも我々7名全員揃って、立ち向かって行こうではありませんか。
本日は誠に有り難うございました」
その話を聞いていた俺は、思わず溜め息を漏らしてしまった。
「そうか、実現化するまでには、まだそんなに長い年月が掛かってしまうのか。
その頃には俺は、もう定年を迎えているな」
それが実感であった。



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