第75話マーちゃん、おうちに帰ってきたよ

文字数 1,783文字

その後、個室へと戻り退院の準備を済ませ、真知子の着替えも終わらせた。
そして辰男は外の様子も気になっていたので談話室へと向かい、そこの窓から外を覗ってみた。
すると先ほどよりもマスコミの数が更に増えてきていて、その事の重大さに、より不安が増してきた。
その後、部屋へと戻り、今後のことを思案していた時であった。
長女梓からの電話が入り、病院の近くに到着したとの事だったので、辰男は病院裏の一方通行を入った所にある、職員専用の駐車場の場所を説明した。
そしてついに退院の時を迎えた。
荷物を片手に持ち、もう一方の手で真知子の手を引く辰男の前を、看護師さんが先導してくれる形となって、病院の裏側にある通用口の所までやって来た。
そしてその扉を開けてみると、既にそこには祥子の運転する車が停まっていた。
辰男は後部座席のドアを開け、真知子を乗り込ませてから、残っていた荷物を病室まで取りに向かった。
そして両手にその荷物を抱えて通用口の所までやって来ると、そこには院長先生も見送りに来てくれていたのであった。
辰男はまたそこで、深々とお辞儀をしてから車の助手席へと乗り込んだ。
そしてその院長先生が、自ら道へと出て車を誘導してくれる中、祥子はウインカーを右に出し、狭い路地へと車を進めていった。
そして次にウインカーを左に出して、一時停止をしてから一般道へと出ていった時であった。
こちらの動きに気付いたのであろうか、2台のバイクが後ろを付けて来たのである。
そのまま暫くの間、一般道を走り、そして首都高速へと入ってからも、その2台のバイクは後ろを付けて来ていた。
祥子はそのことが不安になり、辰男に聞いてきた。
「お父さん、どうしよう?」
すると辰男は冷静に答えた。
「まあ、いいじゃないか。
今ではこちらも、すっかり時の人になってしまったようだな。
しかしそれも、こちらの潔白が証明されるまでの間だけだろ。
なにも気にすることは無いさ。
それよりも安全第一で頼むぞ」
すると
「うん、分かった」
と祥子は言い、そのままハンドルを握り続けた。
その後、羽田の出口で首都高速を降りてから10分ほどで自宅へと到着した。
そして後部座席のドアを開け、真知子を降ろし、辰男が手を引き玄関先まで歩いてきた。
それから梓が玄関ドアを解錠して、荷物と一緒に4人して家の中へと入っていったのである。
その一連の行動をバイクから降りた二人の青年たちが、遠巻きな位置からカメラのシャッターを押し続けていた。
その後、祥子が真知子の靴を脱がせてから、手を引いてリビングまで導いていった。
そして部屋へと入るなり、こう言った。
「マーちゃん、おうちに帰ってきたよ。
久し振りだね、覚えてる?」
しかし真知子の反応は、まったく無かった。
その後、梓がキッチンへと汲みにいった4人分のお茶を持ってきてから、リビングのソファーに腰掛け、染々とした表情で真知子に話し掛けてみた。
「お母さん、このおうちはお母さんが新しく生まれ変わってからの、終のすみかだからね。
本当にこうして戻って来られて良かったね」
梓は、母真知子が癌宣告を受けてから、治療を終えるまでの辛かった時期や、心まで沈んでいた頃の生活を思い出していた。
そしてこうして元気になり、一緒に戻ってこられた事に感謝した。
その時、時計を見てみると既に正午を過ぎており、祥子が近くにあるコンビニまで昼食を買いに行くことになった。
そして15分後、コンビニ袋を二つ持ち、リビングへと入って来るなりこう言ったのだ。
「うちの前に、たくさんの車が止まっているの。
そして私のことを、カシャカシャと写真を撮るのよ。
もう頭にきちゃうわ」
それを聞いて、辰男はこう返した。
「ああそうか、ごめんな。
お前たちにも迷惑を掛けて、本当に済まないと思っている。
悪いが、もう少しだけ辛抱してくれ」
と言いながら頭を下げたのであった。
すると、その姿を見て梓が言った。
「そんな事は無いよ。
お父さんは何も悪い事なんかしてないんだから。
たとえマスコミになんて叩かれたっていいじゃない。
私はお母さんの命が助かったことだけで充分なの。
それ以外は、もうどうなってもいい、なんとかなるわよ」
その迫力のある姉の言葉に祥子は驚いた。

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