第30話真知子の喜びようと言ったら

文字数 1,603文字

俺はポットのお湯でお茶を入れて、コタツに入り待つことにした。
そしてそのお茶を啜りながら、不意と窓の外の景色を眺めてみた。
すると大きな塊の牡丹雪が、音もたてずに降り注いでいた。
道理で寒いはずである。
よりコタツの有り難みを感じながら、俺はボンヤリとその雪景色を眺め続けていた。
するとカシャッというドアを開ける音がしたかと思うと、真知子が火照った顔をして部屋へと戻ってきたのであった。
俺が
「お帰り、どうだった?」
と温泉の感想を聞いてみると、予想以上の饒舌で話し始めた。
「貴方、ここの温泉まずいわね。
私ね、お風呂で一緒に居合わせた人たちに勧められて飲んでみたの。
そしたら鉄が錆びたような匂いがするし、それに味の素を溶いて入れたような味もしたわ。
だけど一緒に温泉に浸かっていた4人の人たちが、みんな来た時には必ずペットボトルの中に入れて持ち帰っていると言うの。
そのお陰で体調も良くなってきたんだって。
しかし貴方、聞いて。
皆さん鼻を摘まんで飲んでいるんですって、アハハ。
私ね、ここの温泉、気にいっちゃった。
お友だちも、たくさん出来たしね。
夕食後の8時に、また5人で温泉に集合する事を約束して来ちゃったんだ。
体調を崩して、湯治に来ている人も沢山いるのね。
私だけじゃ無いんだ、良かった」
その楽しそうに話している真知子の様子は、いつに無くテンションが高かった。
そして午後6時となり夕食の時間になった。
宿の半纏の上に自前のジャケットを羽織り、二人して食堂へと向かった。
するとそこには既に40名ほどの人たちが席に着いており、俺たちもボール紙で形作った自分たちの部屋番号が書いてある座席を見つけて、着席することにした。
しかし真知子は座る間際に、さっきお風呂で一緒だった人を見つけては手を振っていた。
そして目の前に用意された料理を見てみると、どこか精進料理的な野菜たっぷりの食欲をそそられるものであった。
それは少量ずつ多品種に大豆料理や野菜などを小分けにして盛ってあり、真知子が迷い箸をしながら食べる姿が楽しそうでもあり、見ていた俺も嬉しくなってきた。
そして普段は食が細い真知子では有るのだが、驚いたことにペロリとすべて平らげてしまっていた。
「これだけ童心に戻った真知子の姿を見たのは何年振りだろうか?」
今回真知子のことを誘って、この温泉へと来たことが大正解だと思えた。
その後二人して膨れたお腹を擦りながら、食堂を出て部屋へと戻ってきた。
そして暫くの間、ふたりともコタツに潜って横になっていた。
すると真知子は、午後8時前になるとサッと起き上がり、
「じゃあ、お風呂に行ってくるね」
と言い残し、軽い足取りで部屋を出ていったのである。
その間に俺は、コタツを端に寄せて二人分の布団を敷き詰めることにした。
その後、一時間半ほど経ってから戻ってきた真知子の顔は血色も良く、にこやかな表情をしていた。
そして下半身だけを布団の中に潜らせてから、俺に向かってこう語り始めた。
「また明日の朝6時に、お風呂で待ち合わせることを約束して来ちゃった。
せっかく貴方に連れて来てもらったんだから、何回も入って元を取らなくちゃね。
それに温泉に浸かりながら皆さんの病気自慢の話を聞いていると、私も勇気を貰えるんだよね。
それと皆さんとても明るいの。
だけど世の中、健康に不安を抱えながら一生懸命に生きている人だって沢山いるのよね。
だから私もね、皆さんの話を聞きながら負けちゃいられない、私も元気を取り戻さなくちゃと思ったんだ。
今日は本当にここへ連れて来てくれて有り難う」
俺もその真知子の話を聞いていて、嬉しくなってきた。
こんなに真知子が喜んでくれるとは思ってもいなかった。
「これからも定期的にこの温泉に来ようね」
と約束してから、今晩は二人して眠りについたのであった。


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