第36話奈良県の明日香村に行ってみよう

文字数 1,632文字

俺は自宅に帰って来てからベッドの上で大の字になり、いまの置かれている状況を考えてみる事にした。
「いま我が社の研究所で実験を行っている不思議なマリモから抽出された新型化合物3種類の成分と同じ物は、まだ世界中の研究所でも合成に成功してはいない。
そして現存しているのは、我が研究所に残っている僅かな分と、八ヶ岳の山中に残してきた不思議なマリモ1個のみとなってしまった。
その新型化合物は、およそ1世紀も前から化学の研究者たちの間では、奇跡の力を秘めているのでは無いのかと伝説化されてきた。
それと最近の専門誌に載っていた記事の中には、このような事が書かれていた。
『欧州にある薬品メーカーが、それら3種類の新型化合物の合成にめどをつけた。
しかしその完成までには、あと5年ほどは掛かる見込みである』
その記事を見て俺は、この研究に於いてライバルでもある他の薬品メーカーたちには負けたくない、先を越されたくは無いという気持ちが一層強くなっていた。
しかしである。
俺が八ヶ岳の山中から持ち帰ってきた不思議なマリモ二つは、既に粉々に粉砕されてしまっている。
また、その不思議なマリモから抽出された特別な成分である新型化合物も、あと僅かしか残っていない。
もし次の実験でも成果を挙げられなかった時、八ヶ岳の山中にたった一つだけ残してきた不思議なマリモを、また取りに行くという圧力が会社側から掛かってくるのは、ごく自然な流れだとも思う。
だけど俺はどうしてもそれだけは阻止したい。
八ヶ岳にある、あの巣には、いつの日か必ず、その主が帰って来るのだと俺は今でも信じているからだ。
また、その主が鳳凰であるという事も、俺は信じて疑わない。
その時のために、あの不思議なマリモを一つだけ残しておくことによって帰巣本能も働き易くなるのでは無いのであろうか?
そして巣へと戻って来て、かつて自分が住んでいた頃の痕跡である不思議なマリモを見つけた時に、どう感じるのであろう?
俺はその時に鳳凰が、羽をばたつかせ喜ぶ姿が目に浮かぶのだ」

その後、俺は起き上がり冷蔵庫の中から缶ビールを1本取り出してきてベッドの上に腰掛けた。
そしてキンキンに冷えきったビールを喉に流し込みながら、袋小路に入り込んでしまった実験研究について、原点に戻り振り返ってみた。
「俺が不思議なマリモと出逢うきっかけとなったのは、奈良県明日香村にある高松塚古墳の内部から、新たな文字が発見されたという新聞の記事から始まったんだ。
そうだ、その記事の中に、不思議なマリモに関する重要なヒントが隠されているのかも知れない」
俺は立ち上がり、ビールをテーブルの上に置いてから、机の引き出しの中にしまっておいた新聞を取り出して、床の上に広げてみた。
そしてその記事を一文字ずつ、ユックリと読み直してみた。
「うーん、やはりこの記事の内容だけでは、不思議なマリモに関する有力な手掛かりは得られそうにも無いな。
しかし気になるのは、新しく発見されたというこの文字だよな。
『最高所の天照大神の光を受けて権現の鉄剣が鳳凰を照らした』とある。
俺はこの中に出てくる鳳凰という文字が、鳳凰自身が残していった遺物である、不思議なマリモの事を指しているのだと信じている。
その考え方が間違っていないのであれば、その時代にこの文字を書き記した人々が、鳳凰だと例えるくらいに神格化するほどの力を、不思議なマリモは有しているという事になる。
しかし今までに行ってきた実験に於いて、成果らしい成果が得られていないという事はどうしてなのだろうか?
やはり3種類の新型化合物の力を発揮させるのには、何かが不足しているのかも知れないな。
そうだ、それはきっとこの文字が発見された高松塚古墳自体にヒントが隠されているはずだ。
フーン、俄然興味が湧いてきたぞ」
そこで俺は4月上旬の週末を利用して、奈良県の明日香村へと出掛けてみる事にした。


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