第77話弁護士がうちにやって来た

文字数 2,194文字

そして梓は辰男に言われた通りにコンビニへと向かい、便箋と封筒とを購入してきてから辰男に手渡した。
すると辰男はそれを受け取り、夫婦の部屋へと閉じ籠った。
そして辞職願いを書き終わってからも、悶々とした時間を一人で過ごしていた。
そのまま時は流れてゆき夕暮れを迎えた頃、家の固定電話の呼び出し音が鳴った。
梓がその電話に出てみると、何処かの弁護士事務所からであった。
そして先方から小林辰男さんに代わって欲しいとの要望があり、梓は辰男を呼びにいった。
その後、辰男が受話器を手に取り話を聞き始めてみると、その相手先は我が社の顧問弁護士事務所からであることが分かった。
そして本日の午後8時頃に、うちの家に来て、詳しい話を聞きたいとの事であった。
辰男はその場で承諾し電話を切ったのだが、その時、既に時計の針は午後6時40分を指していた。
そこでふたりの娘たちに、この短い時間の中で、夕食に何が食べたいのかを聞いてみた。
するとふたりの娘の意見が一致した。
それは皆んなが大好物である宅配ピザであった。
早速、辰男はスマホでメニューを確認してから、Lサイズのトッピング違いを2枚注文したのである。
そして待つこと僅か30分ほどで、それは到着した。
祥子が代金を支払い、摺り足でリビングへと入ってきた。
その後、一枚めの包装を開封して、各々が一斉に一切れのピザを手に取った。
そしてふたりの娘たちが大口を開けて、熱々のピザを口内に差し入れてから豪快に噛み千切った。
するとその姿を見ていた真知子も、当然のように真似をしてパクついたのである。
辰男は兼ねてから思っていた事なのだが、女性陣がフライドチキンやピザに貪りついている時の食べっぷりは、まるで野性的にも見えるほどであった。
皆んな二切れずつを食べ終わり、もう一枚のピザを開封した時であった。
玄関の呼び出し音が鳴り、弁護士が予定よりも早くやって来た。
梓と祥子は残っているピザとドリンクの入ったグラスとを持ち、真知子の手を引いてキッチンの方へと消えていった。
そして辰男は、玄関へと客人を出迎えにいった。
玄関のドアを開け、弁護士さんを迎え入れる時、カメラのフラッシュがたくさん、焚かれるのを覚えた。
「そうだ、まだマスコミの連中が我が家の前に張り付いているんだ。
参ったなあ、近所迷惑にもなるし」
と辰男は感じた。
そして年配の弁護士を、ピザの匂いがまだ充満しているリビングへと案内してから、お茶の準備をするためにキッチンに向かったのである。
するとそこには、ピザに貪りつく3人の野生児たちの姿があった。
辰男は急須に茶葉を入れながら、こう言った。
「頼むから、俺の分だけは残しておいてくれよな」
しかし3人にとって、その言葉は馬耳東風であった。
辰男は項垂れながら電気ポットから急須にお湯を注ぎ、それを二つの湯呑み茶碗へと注ぎ入れてから、お盆に載せてリビングへと消えていった。
そして辰男は会社の顧問弁護士との話を始めることにした。
先ず初めに名刺交換をしてから、次にその弁護士の方から一言があった。
「実は大まかな話は、既に三澤さんの方からお聞きしておりますので、核心に触れる部分の話をお尋ねしたいと思います」
そうして尋問のような形で、弁護士が事前に用意してきたのであろうと思われるメモを見ながらの質問が始まった。
「不思議なマリモという物質は、貴方自身が見つけてこられた物ですか?」
「ハイ、そうです」
「不思議なマリモと孔雀の羽から抽出をした混合液は病院では無く、こちらの自宅で奥さまに注入なさいましたか?」
「ハイ、そうです」
「もし今回の治療を施さなければ、奥さまの命が助からないのであろうという確信は、お持ちでしたか?」
「ハイ、そう思っていました」
「そして、最後の質問になります。
今回の治療に於いて生じてしまう可能性の高かった副作用のリスクを、事前に、且つ正確に奥さまに説明なさいましたか?」
辰男はその質問に、返答を言い淀んでしまった。
そして、その予想だにしていなかった質問に対して、痛い所を突かれたとも思った。
「確かに俺は、真知子の命を助けたいという事だけに固執して、真知子本人の気持ちを聞いたり、副作用のリスクを正確に説明する事はしなかった。
果たして、あの時の自分の判断は正しかったのだろうか?」
そこで辰男は、自分の気持ちを正直に話すことにした。
「実はあの混合液を注入するか、しないかを迷っていた時、既に真知子の意識は希薄になっており、確認しようにも出来ない状態だったのです。
その為に妻には充分な説明をしませんでした」
するとその顧問弁護士は頭を掻きながら
「まあ、そうであれば仕方がないですね」
と言ってから湯呑みに注がれたお茶を、ひとくち口にした。
そしてメモ帳を見ながら、こう言ってきた。
「いま、お聞きした内容から致しますと検察は、この件に関して起訴まで持ち込むという事は難しいと思います。
あちらも、治療の副作用である記憶障害についての傷害罪の適用を検討しているようですが、いま小林さんから伺った内容から鑑みてみた場合、たとえ裁判に持ち込まれたとしても、こちら側に充分勝算はあります。
心配はいりません」
その我が社が誇る百戦錬磨の顧問弁護士の言葉に、辰男はホッとした。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み