第52話膵臓に転移していた

文字数 2,147文字

そして俺が椅子に座ると、主治医からの説明が始まった。
先ほども見たCT検査の画像をモニター画面に写し出し、患部についての所見を一ヶ所ずつ述べていってくれた。
それによると、真知子の自覚症状にも現れていた喉の辺りの白く写し出された部分は、咽頭癌の中でも下咽頭癌であるとの事であった。
そしてそこに関しては、先ほども述べたように切除は可能であるという話であった。
次に主治医がスクロールさせ、見せてくれた場所は肝臓だった。
そこには数多くの腫瘍らしきものが白く写し出されていた。
そちらは抗癌剤によって、対処していってくれるとの事だった。
その後またスクロールをさせて行き、そして止まった所に写し出されていたのが膵臓であった。
その時、俺の脳裏に不安がよぎった。
「この臓器のCT画像は前にも見たことがある。
そうだ、姉が膵臓癌に冒されている事が分かった時に見た画像と一緒だ。
しかも、その時と同じ大きさぐらいの白い影が写っているぞ」
俺にはその画像が、姉の時のCT画像とダブって見えていた。
そしてその時の記憶を辿ってみた。
「そうだ、姉は同じような状況で、その後2ヶ月も、もたなかったんだ」
そう思い出すと、急に血の気が引いて行くのを自分でも感じていた。
そしてその画像を見ながらの主治医の説明が始まった。
「咽頭と肝臓に関しましてはまだ良しとして、この膵臓に見受けられる腫瘍は、かなり重篤な状態です。
これからの治療法としましては、放射線治療と抗癌剤治療とを併用して行っていきたいと思っております。
しかしそれらの治療の効果が充分に得られなかった場合には、あと数ヵ月の命という事も考えられます。
私たち医師や看護師たちも最善を尽くして参りますので、御主人も奥様のことをサポートしてあげて下さい」
その主治医の言葉に、俺はガックリと肩を落とした。
そして考えた。
「これでは姉、真由美を膵臓癌で亡くした時の二の舞になってしまう。
当然、膵臓癌の怖さは身に沁みるほど、良く理解しているつもりだ。
妻へのサポートも確かに必要では有るのだが、それよりも、もっと俺にしか出来ない事がある。
それは、いま研究している、すべての癌を完治させることの出来る新薬を一刻も早く完成させることだ。
それには現時点で出現してしまっている、副作用である脳障害を取り除くことが必要だ 。
しかし真知子の症状を考えると、そのタイムリミットまでが近いことは想像できる」
俺はその事を、心に深く刻み込んでおいた。
その後、主治医に礼を言い、診察室をあとにした。
するとそこには、長いベンチシートに一人だけでポツンと座っている、虚ろな目をした真知子の姿があった。
その様子を見た瞬間、思わず大量の涙が溢れ出てきた。
それを咄嗟に右腕の袖口で拭い、真知子の隣に腰掛けた。
そして主治医から聞いた話は、とても真知子に伝えることは出来ないと思い、自分なりに言葉を変えて話すことにした。
「いま、先生から話があって、やっぱり喉に癌が転移してたって。
近いうちに検査入院をして、そのあとで小林さんに適した治療法で治して行きましょうって言ってたよ。
それと現代医療は日々進歩を続けていて、分子標的薬などの新薬も、順次開発されて来ているので安心して下さいって 」
それを聞いた真知子は、作り笑顔を見せて
「あ、そう、有り難う」
とだけ言って、頷いていた。
その後、二人して検査入院の手続きへと向かい、会計を済ませてから帰宅することにした。
そして真知子を助手席に乗せ、自宅へと着いた頃には、既に午後6時を回っていた。
玄関を開け、ダイニングへと向かうと、そこでは高校3年生になる次女の祥子が夕食の準備をしていた。
すると二人が帰って来たことを察知した祥子が振り返り、
「今日の病院、どうだった?」
と質問をしてきた。
それに対して俺は、咄嗟にこう答えたのであった。
「予想していた通り、喉に癌の転移が見つかったんだけど、命に別状は無いってさ。
来週から検査入院をして、そこでお母さんに合った治療法を探して治して行きましょうって、先生が言ってたよ」
すると、それを聞いた祥子は
「ああ良かった、大丈夫なのね。
帰りが遅いから、心配し過ぎちゃって疲れちゃった」
と返してきた。
しかし俺が発した言葉は、祥子に向けて言ったのでは有るのだが、それ以上に隣にいる真知子にも聞いてもらいたかったからであった。
それから1時間ほど俺と真知子は、リビングでぼんやりと、何も話さずにテレビを見ていた。
すると午後7時を過ぎた頃に、大学3年生になる長女の梓が帰ってきた。
その頃には、すっかりと夕食の準備も済んでいて、祥子お得意のパスタ料理とスモークサーモンのマリネサラダとが食卓を飾っていた。
そして4人で食事をしながらの会話となったのだが、その内容とは当然のことながら、真知子の病院での話となった。
しかしそこでも俺は、本当の話は出来ずにいた。
その後3人は、普段のペースで食事を食べ終わったのだが、真知子だけは、なかなか食が進まずにいた。
そして半分ほど食べてから、掠れた声で
「先に休ませてもらいます」
と言い残し、寝室へと消えていったのであった。

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