第74話退院の時がやって来た

文字数 1,657文字

そこで辰男は、ここまで事が大きくなってしまったことに対し、予定していた退院を決行するのかを迷った。
しかし大変お世話になってきたこの病院には、もうこれ以上は迷惑を掛けたくはないとの思いもあり、予定通り退院することに決めたのである。
しかし午後からでは無く、少しでも早くと考え、午前中に決行することにした。
そして早速、梓に電話連絡を入れて11時頃までには迎えに来るようにと伝え、到着次第、直ぐに連絡をくれるようにと話しておいた。
そのあいだに辰男は、一階にある会計へと向かい入院治療費の精算を済ませ、その足で院長室に挨拶へと向かったのである。
そしてノックをしてドアを開け、中へと入って行くと、そこには笑顔で迎えてくれる院長の姿があった。
すると手招きをして辰男に椅子に座るようにと勧めてから、このようにして語り掛けてきてくれた。
「大変なことになりましたね、アハハ。
しかしこうなるかも知れないという事は、三澤君とも話し合っていたんですよ。
今回の、事の重大さからして、何処かからは洩れてしまうのでは無いのだろうかともね」
その言葉を聞いて辰男は、もう謝るしかなかった。
「本当に申し訳ありません、ご迷惑ばかりをお掛けして。
少しでも早い時間に退院させて頂きますので」
すると院長がキリッとした表情へと変わり、こう話を続けたのであった。
「小林さん、そんな事はありませんよ。
医者は病を治すのだけが仕事では無いのです。
現状の医療の現場を見てみますと一部の医者の中には、患者さんの為に働いているのでは無く、自分がもっと良い暮らしがしたい、子供たちを良い大学に進学させたいだとか、自分の為に仕事をこなすという人たちが増えてきている印象があります。
私はそれではいけないと思っているのです。
病気で困っている人がいれば、精神的にも肉体的にも支えてゆき、皆んなが健康で楽しく暮らしていけるようにしていく事が理想なんです。
私がこうして医者という職業をやらせて頂いているのも患者さんが、この病院を信頼して来てくれているからなんです。
私のこの病院のモットウとして、患者さんに寄り添い、よく話を聞いてあげるという事を掲げています。
それは全職員に対して伝えてあります。
いまの時代、世知辛い世の中へと変わりつつは有りますが、病院もすっかりと変わって来てしまいました。
患者さんの増加と共に、医者の数が不足してきているという事も有りますが、患者さんを流れ作業のようにして扱って、数さえこなせば良いという病院が増えて来ているのも事実です。
しかし、それでは駄目なんです。
医療と共にメンタルでのサポートも必要なんです。
しかし現実問題として医療現場では人材不足、予算不足などの関係から、そこまでは手が回っていないのです。
人間は決してひとりでは生きていけません。
しかし、人間は生きているだけで充分に素晴らしい。
そこで地域の人たちが支えあって、生活していけるのが理想だと思うのです。
それは言葉にしてみますと結局のところ、お互い様という文字に集約されるのです。
相手のことを思いやり、困っている人を見かけたら声を掛けてみて、その理由を聞いてみる。
するとその近くの誰かしらが、その解決策を持っているもんなんです。
あ、長々と済みませんでした。
そんな事もあり、今回のことも私どもは決して迷惑だとは感じておりません。
これもお互い様という言葉に尽きるとも思っています。
今後のことも、あの三澤君に任せておけば大丈夫ですから。
彼のことだから、これからの解決策の道筋も既に出来上がっているものと思いますよ。
大船に乗ったつもりでいて下さい。
それと退院する時には、裏口にある職員専用の駐車場を使って下さい。
あそこなら前の道が、狭い一方通行の道なので、マスコミにも気付かれないと思います。
それでは気をつけて」
辰男は、その有り難い言葉をしっかりと胸に刻み込んだ。
そしてお礼を言い、堅い握手を交わしてから部屋を出ていった。
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