第80話夢が現実へと近づいてゆく

文字数 2,212文字

そしてその日の夜、帰宅してから娘たちにその話をしてみた。
すると長女の梓がこう言った。
「お父さん、私は大学を2年間休学するよ。
そしてその間に、お母さんの面倒を見ながら自分の将来、やりたい事を探すことにするから。
今までは何も考えずに、ただ漠然と大学に通っていたけれども、今回の経験で人の役にたちたいという思いが強くなってきたんだ。
今こうして元気になったお母さんと一緒に暮らせている事が、私の宝物だから。
一日一日と成長していくお母さんの姿を見ていると、本当に嬉しく思うの。
食事もトイレも、ひとりで出来るようになったしね。
あとは言葉の理解力だけだと思うわ。
しかしそれも、お母さんは吸収する能力が高いから、あと2年も経てば自立も出来るようになる。
その2年なんてあっという間よ、私のことは心配しないでいいから。
それよりもお父さんは、お仕事を頑張って下さい。
そしてもっともっといい薬を開発して、たくさんの人の命を救ってあげて下さい」
すると、その隣にいた祥子も続いた。
「そうよ、お父さんにしか出来ない仕事もあるはずよ。
日本中の癌患者さん、いや世界中の癌患者さんたちの為にも、お父さんの力は必要とされているのよ。
私も出来る範囲で、おうちのお手伝いをします。
だからお父さんも頑張って」
すると辰男は、その娘たちの言葉に感動して、左手で目頭を押さえながら、こう言った。
「有り難うな、お前たちの期待に応えられるように精一杯頑張ってみるよ」

それから一週間が経ち、辰男の翌週からの職場復帰が決まったのであった。
それを控えた週末の土曜日、久し振りに家族4人でドライブに行くことになった。
ドライブの途中のサービスエリアで、美味しいメロンパンを購入する予定にしていたので、朝食は軽く済ますことにした。
各々が自分の分を食べ終わり、牛乳を飲んでいた時であった。
急に真知子がテーブルを叩いて、駄々をこね始めたのだ。
いつもはトーストを2枚食べているのに、今朝は1枚しか食べられなかったのが不満らしい。
どうやら記憶障害の影響からか、まだ食欲のコントロールが出来ないみたいなのである。
テーブルの上に載っている物は、いくらでも口にしてしまう。
あれだけスマートだった真知子が、最近いくらかポッチャリとしてきたのである。
やはり脳年齢的には、まだ2、3歳といったレベルなのであろうか?
梓がなんとか我慢するようにとあやして、その場は収まった。
そして7時過ぎ、4人を乗せた車は富士山を目指して出発した。
首都高速の羽田ランプから入り、東名高速の横浜町田ICへと向かった。
そして狩場ジャンクションから保土ヶ谷バイパスへと入っていった時であった。
辰男の脳に、閃く文字が浮かんだ。
「そうだバイパスだ、バイパス技術だ。
心臓の外科手術では一般的にもなってきている、バイパス手術のやり方を応用できないものだろうか?
今回真知子に起きてしまった脳障害も、血流の迂回路を設けることによって防げるのかも知れない。
頸動脈の辺りにバイパスを作って、頭部には人工的に血液を送る仕組みを考えればいいんだ」
しかしその技術は素人目に見ても、それはとても難しい技術だという事は想像できた。
その後、横浜町田ICから東名高速へと入り、本日の最初の目的地でもある海老名サービスエリアへと到着した。
するとそこの駐車場は、秋の行楽シーズンを迎えていた事もあり、大勢の人と車とで、ごった返していた。
しかし何とかして車を駐車させ、4人で施設の中へと入っていった。
するとその中は大変混雑していたので、仕方なく祥子にメロンパンの購入を頼み、他の3人はトイレに寄ってから車の中で待つことにした。
その間、辰男は先ほどのバイパス技術のことについて考えていた。
「昨今の医療に於ける技術革新には、目を見張るものがある。
俺が想像するバイパス技術も、もしかすると近い将来、絵空事では終わらずに実現してしまう可能性もあるかもな。
よし、詳しい話は来週つくばの研究所に戻ってから、三澤さんに相談してみる事にしよう」
すると暫くして、祥子が高いテンションで戻ってきた。
「やっと買えたわよ、ああ疲れた。
だけどいい匂い。
皆んな私に感謝しながら食べてよね」
そう言いながら焼きたてのメロンパンを、順次手渡していった。
そして辰男は先を急ぐため、車を走らせることにした。
車内がそのメロンパンの匂いで充満する中、4人は笑顔になりながら食べていた。
すると右前方に優美な姿をした富士山が、秋の青空に映えるようにしてドッカーンと現れたのだ。
その絶景を見ながら辰男は思った。
「いよいよ来週からは、不思議なマリモの中に含まれていた新型化合物と、同等のものを作り出すプロジェクトが始動する。
そしてそれと同時に、脳障害を防ぐようなバイパス技術も確立されれば良いのだが。
そうすれば、その両方の技術を組み合わせる事によって、首から下にかけての癌はすべて治せるようになる。
先ずは、その研究が第一だな。
そしてその後も研究を続け、将来的には全身の癌を治せる技術も確立させるんだ。
そうなれば、それこそ副作用も無く、多くの人たちの命を救うことが出来るようにもなる。
姉ちゃん、貴女の無念さを晴らす時も近づいて来たよ。
そして八ヶ岳にある横岳噴火口の奥深くで、長い眠りについている鳳凰よ。
どうかこれから先も、私たち人類のことを見守っていて下さい。
癌が怖い病気では無くなって、そして世界も平和となりますように」


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