第18話不思議なマリモを粉々に粉砕した

文字数 2,835文字

その後、雨宮プロジェクトリーダーから今後の研究方針についての説明があった。
先ず最初に雨宮リーダー本人は、実験研究の行程管理やデータの蓄積及び分析をおこなう為、デスクワークに徹するという事であった。
そして今いるこのミーティングルームが、それを含めた私たちの拠点となる事も伝えられた。
次にこれから行う事になる不思議なマリモの研究についての説明が始まったのである。
「前回に行った成分分析は基本的にX線とCT装置による非破壊検査が中心で有りましたので、不思議なマリモの一部しか取り出せずに検査を行いました。
しかし今回は、より詳細な成分の分析が必要となってきましたので、不思議なマリモ1つを我が社で今春に導入したばかりの最新鋭全自動成分分析装置に掛けます。
そうしますと、その装置が不思議なマリモを構成している一つ一つの元素や化合物に分離させる事が出来るのです。
そして前回の分析により不思議なマリモには、地球内部にあるマグマの成分が含まれている事が確認されておりますので、その中から貴重な成分を取り出し新薬の開発に役立てて行きたいと思っております。
それでは今から前準備と致しまして、4階にある研究ルームへと不思議なマリモを観察しに行きましょう」
そう言われ雨宮リーダーの誘導のもと、7名全員で4階にある研究ルームへ向かうことになった。
しかしそこの研究ルームは極端に埃や細菌の侵入を嫌うという事であった。
ルーム内には窓が一つも無く、外光も入らない構造となっているそうである。
そして研究員たちの出入り口も一ヶ所しかなく、そのルーム内へと入るには強力なエアーシャワールームを通り抜けて行く事になっているという。
その後4階へと到着し、全身を覆う防塵服を着て、マスクを装着し、白い手袋をはめて全員の準備が整った。
そして雨宮リーダーを先頭にして、エアーシャワーを浴び研究ルーム内へと入って行ったのである。
その後、雨宮リーダーからの指示で一番若い松岡君が、保管庫内に入れてあった不思議なマリモをトレイごと取り出してきた。
そして大きな作業台の上に置き、包んであった保湿紙をめくり上げてみた。
すると俺以外の全員からどよめきの声が上がったのである。
6人は写真やパソコンの画面では見た事があったと言うのだが、不思議なマリモを直に見るのは初めてなのだそうだ。
俺も久し振りに見たのだが、それにしても本当に阿寒湖に生息しているマリモにそっくりだ。
色も形も瓜二つである。
そして間もなくしてからの事であった。
研究ルーム内の薄暗い灯りにも反応したのか、何とも例えようが無い妖しい緑色の蛍光色を発し始めたのだ。
その不思議な現象に興味が湧いてきたのか6人は、次々と手袋をはめている手で不思議なマリモを手に取り、そして感触を確かめていた。

そして翌日となり、不思議なマリモの本格的な成分分析をおこなう日となった。
6名でエアーシャワールームを通り抜け、4階にある研究ルームへと入ってきた。
そして松岡君が保管庫に入れてあった不思議なマリモを1つだけ作業台の上へと運んできた。
すると3階にあるミーティングルームと繋がっているモニター画面を通して、雨宮リーダーの指示する声が聞こえてきた。
そこで俺たち6名は、その指示通りに作業を進めて行くことにした。
最初の作業は手先の器用な藤井君が、雨宮リーダーからの指名を受けて担当する事となった。
大きなカッターを手に取り、直径20cmほどある不思議なマリモを2cm角ほどのサイコロ状に切り分けていった。
そしてそれを、調理の時に使うおたまの形に似た器具の底を使い、押し潰していった。
すると内部の詳しい様子が見えてきた。
既に発酵して緑色になってしまっている稲藁の繊維質が目立ってはいたのだが、明らかにそれと分かる鳥の羽毛や植物の細い蔓みたいな物が、複雑に絡み合っていたのである。
そしてその後、ステンレス製のヘラ2本を使用して、厚さ1cmほどの大きな丸いお好み焼き状の形に成形していった。
流石に雨宮リーダーが指名するはずである。
藤井君は家庭でもそうとう料理をテキパキとこなしているかのような手捌きで、器具を上手に扱っていた。
そして最後にその2本のヘラを使い、最新鋭の全自動成分分析装置の台にセッティングする事になった。
この装置は2mほどもある大きな立方体の形をしており、分析物を載せる台の床面には透明なシリコン樹脂が敷き詰められている。
その上に薄く延ばした分析物を置き、扉を閉めてから赤い粉砕スイッチを押すと、上面から発せられる超音波によって分析物を、ミクロン単位の大きさへと粉々に粉砕していくのである。
そしてその後、左右にある吸引装置によって全ての成分を吸引しながら、下部に設けられたタンクへと送られていく仕組みになっている。
そのタンクへと繋がっているホースの内部には、最新式の成分分析センサーが付いており、そこを通過する時に種類ごとの成分を感知しながら、その成分名と容量とをデータ化できる機能も付いている。
しかしである。
この装置の最も優れている所とは、今までには無かった次のような機能が装備されている点である。
それとは種類ごとの成分に分離させ、各々を試験管の中へと密封させる事が出来るのだ。
それらの機能により、前回に行ったX線とCT装置による非破壊検査を主にした時よりも、格段に不思議なマリモの詳細なデータが得られるようになるのだと思われる。
それ故に俺は、今回の成分分析検査に対し多大な期待を寄せているのであった。
そして雨宮リーダーからの指示のもと、藤井君が平べったくなった不思議なマリモをシリコン樹脂製の台の上にセッティングをしてから前扉を閉めた。
そしてリーダーのゴーサインに従い粉砕スイッチを押した。
すると分析装置が静かに稼働し始め、その中の様子が正面に設けられている透明な強化プラスチック製の窓を通して見ることが出来るようになっていた。
そして徐々に不思議なマリモが粉々に粉砕され、粉末状になって行く様子を6人で見ていたのだが、俺一人だけは、その変わっていく姿に胸を痛めていたのである。
そして10分後、粉砕の終了を知らせるブザーと共に操作盤の右横にあるランプの色が、赤から黄色へと変化した。
するとミーティングルームにいる雨宮リーダーから、次に成分分析スイッチを押すようにとの指示が出されてきた。
言われた通りに藤井君がそのスイッチを押すと、今度は静かなモーター音が鳴り出して、左右に設けられている吸気口を覆っていたカバーが移動し始めた。
そしてバキューム音が聞こえ出したかと思っていたら、霧状になっていた不思議なマリモが、あっという間に全てそこから吸い込まれていった。
そして今まで緑色の霧で充満していた内部は何事も無かったかのように、また透明な状態へと戻っていた。






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