第73話マスコミにバレてしまった

文字数 1,898文字

そしてその次の日からも、真知子のリハビリは続いていった。
それから2週間が経過し、食事の面ではスプーンやフォークの使い方から始まり、熱い飲み物の飲み方、それと箸の使い方などをマスターした。
そして運動能力としても伝え歩きから、二足歩行へと進み、今では速歩きぐらいなら出来るようにもなってきた。
それ以外にもトイレの仕方なども少しずつ覚えてきたのだが、言葉のやり取りだけは、まだまだと言える状態であった。
それと一番肝心である体調の方は、今では血色もすっかりと良くなり、体重も健康だった頃と同じ水準にまで回復してきていた。
そうして秋のお彼岸も過ぎ、退院する当日の朝のことであった。
昨夜も病室に泊まり込んでいた辰男は、いつもの日課でもある近くのコンビニまで、おにぎりと朝刊紙を買いに向かった。
その後、病院の2階にある談話室へと戻ってきて、紙コップにお茶を注いでから席についた。
そしておにぎりの包装フィルムを外し、それを食べながら一般紙の一面を開いてみた時であった。
そこのトップ記事の見出しに、驚きの文字を見つけた。
「大手製薬会社の社員が未承認薬を使用、傷害事件に発展か?」
その大きな見出しを見た瞬間、これは俺のことだなと辰男は直感した。
そして
「まずい事になって来たぞ、しかしどうしてバレたのだろうか?」
とも考えてみたのだが、取り敢えずその新聞の記事を読んでみることにした。
するとその内容とは、こうであった。
「今月の上旬に都内城南地区にある大学病院に入院中の女性患者が、大手製薬会社に勤務する配偶者によって、治療目的として未承認薬を投与された。
その結果、脳に対し重篤な障害が発生した。
このことは薬事法違反にあたるとして厚生労働省が調査に乗り出し、また傷害事件としても警察が動き出す構えを見せている」
というものであった。
この記事を見て辰男は一瞬にして、苦悶の表情へと変化した。
「このままでは会社にも迷惑を掛けてしまう。
直ぐにでも辞職願いを提出しなくては。
しかしそうしたら、これから先の家族の生活はどうなってしまうのか?」
そう思うと不安で不安で堪らなかった。
「だけど誰がこの情報を洩らしたのだろう?
あ、そうだ」
辰男には一つだけ、思い当たる節があった。
「この間まで、お世話になっていた大学病院だ。
あの大学病院から、こちらの病院へと転院して来るときにも、かなりの不信感を持たれていたしな。
そうだ、何よりもあの領収書の明細に書かれていたMRIの検査費用。
あれこそが俺たちに対する不信感から、あの大学病院が勝手に真知子の脳のMRI画像を撮影していたという証拠だ。
それが今となって、その真知子の障害が噂となり広がってゆき、そして表に出てしまったに違いない。
それがマスコミにまで情報が流れていってしまったんだ」
そうして自分なりに分析をしていた。
その後、部屋に設置してあるテレビのスイッチを入れてみると、時報と共に7時からのニュースが始まった。
するとそのトップニュースとして、先ほどの新聞に載っていた一面記事が扱われていた。
辰男はその内容を、食い入るようにして注視していたのだが、そこにはどうしても腑に落ちない点があった。
それはテレビも新聞も、妻が重い記憶障害に陥ってしまった事は報道しているのだが、その反面、癌が完治したという事実は一切伝えてくれていないという事であった。
その後、テレビは次のニュースへと変わり、辰男が頭の中を整理しようとしていた時であった。
スマホに娘からの着信が入り、それに出てみると、不安そうな言葉遣いで梓が質問をしてきた。
「お父さん、いまのニュース見てた?
もしかして、うちのことを言っているんじゃないの?」
すると辰男は
「そうなんだ、しかしこれからの事は俺が何とかするから心配はするな」
と慰めたのであった。
そして今日の午後に予定している退院も、そのまま行うことを伝えた。
その後、真知子の朝食を済ませ、退院に向けた準備を進めていた時のことだった。
何やら病院の外が、急に慌ただしくなってきたのだ。
辰男は病室の窓を少しだけ開けて、外の様子を覗ってみた。
するとマスコミだと思われる大きな業務用のカメラを担いだ人たちと、何人かのレポーターがマイクを持ったまま、こちらの病院の建物の方を注目していたのである。
「もうここに真知子が入院している事が、バレてしまったのか?」
辰男は不安になり、その窓をそっと閉めた。
幸い、患者のプライバシーがある為に、マスコミとはいえ、勝手に病院内へは入って来られない様子ではあった。
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