第6話鳳凰を照らした?

文字数 2,594文字

そして6月になり、総務課で一緒に働いていた寺島君が退職する事になった。
その送別会を小淵沢駅前にある居酒屋で開催する事となった。
なんでも実家の果樹園を継ぐために、約8年間勤めた我が社を退職する事に決めたそうである。
その送別会には総勢で20名ほどが集まり、主賓である寺島君の隣に俺は腰かけた。
その寺島君は挨拶の中で、近日中に幼馴染みであった子と入籍するという事を発表し大いに盛り上がっていた
その後、宴もたけなわを過ぎ、皆との手酌のやり取りに忙しかった寺島君も席に戻ってきた。
そこで俺は寺島君に話し掛けた。
「寺島君、短い間だったけれど、お世話になりました」
すると寺島君がこう返してきた。
「お互い様ですよ。こちらこそ小林先輩には色々と教わることが多くて大変勉強になりました。ところで今も皆の話題に上がっていたんですけれども、朝刊の一面に載っていたトップ記事、先輩は見ました?」
俺が何の話だか訳が分からずにポカーンとしていると、寺島君がこう続けた。
「高松塚古墳のニュースですよ。僕はこう見えても歴史好きでして、大河ドラマも欠かさずに見ているくらいなんです。あの新聞に載っていた文字と合致する場所が、八ヶ岳に有るんですよ。権現の鉄剣が鳳凰を照らした。という所、まさにピッタリなんです」
「フーンそうなの?その話、面白そうだね」
と俺が話を返したところで丁度、送別会がお開きになってしまった。
そして幹事の掛け声と共に、三三七拍子で寺島君の今後の活躍を皆で祈願して、送別会は終了となった。
暖簾を掻き分け外に出てみると、南アルプスの山並みが夕陽に染まっていた。
その後、全員が縦一列となり寺島君と20連発のハイタッチを交わして散会となった。
運転代行の車とタクシーが来るまでの間、俺はさっき寺島君から聞いた話が気になっていたので思いきって話し掛けてみる事にした。
「寺島君、さっきの話、もし良ければもう少し聞かせてくれないかな?」
すると寺島君は
「はい喜んで、では先輩、あの喫茶店に入りましょうか?」
と満面の笑みで応えてくれた。
その後二人は他の全員を見送ってから、駅前にあるその喫茶店へと入っていった。
席に着き二人はアイスコーヒーを注文した。
すると俺の位置から見てカウンター席の横にある本棚の端に、新聞が縦向きに置いてあるのが目に入った。
俺は立ち上がり、その新聞を取ってきてから、トップ記事が見えるようにしてテーブルの上へと置いてみた。
すると寺島君が見出しの大きな文字に指をあてながらこう言った。
「この記事ですよ、気になるのは」
俺は、その新聞を引き寄せ目の高さまで持ち上げ黙読してみた。
するとそこには、このような事が書かれてあった。
「奈良県明日香村にある高松塚古墳で新たに文字が発見された!」
この度、10年間に渡る石室内修復工事終了後に、石室内を最新型の赤外線カメラをあてて解析してみたところ、天井の南側に新たな文字がうっすらと確認できた。その文字を現代語に訳すとこうなる。
「最高所の天照大神の光を受けて権現の鉄剣が鳳凰を照らした」
その文字の持つ意味が何なのかを考古学者の意見として、次のような解説が載っていた。
「ここの高松塚古墳に埋葬されていた当時の権力者が亡くなった時期に、日食や月食、または隕石の落下などが起きたのではないでしょうか。そしてその現象を見ていた人たちが書き記したのだと思います」
俺はこの記事を何度も繰り返し読んでみたのだが、何が書いてあるのかサッパリ分からずに首を捻った。
すると、その俺の様子を見ていた寺島君がこう言った。
「先輩、僕はここに書いてある権現の鉄剣が鳳凰を照らした。という文字が気になるんです。何故かと言うと、実際に八ヶ岳連峰の一つに権現岳という山が有りまして、その山頂の岩場には神社の祠が建っており、その横に大きな鉄剣が岩に突き刺さっているのです。
僕はこの辺りが地元ですし、中学生の頃の登山遠足も含めると、3度も権現岳には登っています。
それほど地元の人たちにとっては、馴染みの深いポピュラーな山なんです。
僕はその度に頂上で記念撮影やバンザイをするのですが、毎回どうしてここの岩場に錆びついた鉄剣が突き刺さっているのか、ずっと不思議に思っていたんです。
それと先輩、地元では誰でもが知っている神話なのですが、大昔、富士山の女神と八ヶ岳の女神とで、どちらの方が背が高いのか、背比べをしたそうです。
お互いの頭の上に木製の長い樋を渡すように乗せて、水を流し入れてみたところ、何とその水が富士山の方に向かって流れて行ったのだそうです。
その結果、富士山よりも八ヶ岳の方が背が高いという事が証明されてしまいました。
それによって当然、自分が日本一だと思い続けていた富士山の女神は、えらく自尊心を傷つけられてしまったそうです。
そこでプライドを失ってしまった富士山の女神は怒り狂って、頭の上に乗せてあった木製の樋を手に取り、思い切り振りかざし、八ヶ岳の頭をカチ割ってしまったのだとか。
それにより八ヶ岳の頭は八つに割れて背も低くなってしまい、その結果、富士山が日本一の山になった。という神話です」
それを聞いていた俺はこう言った。
「アハハ面白いね、昔は八ヶ岳が日本一の山だったんだ。と言うことは、寺島君の解析としては最高所という文字も八ヶ岳とは符号しているんだ。
凄いねえ、ロマンのある話だねえ。
なんか寺島君の話を聞いてたら、俄然興味が湧いて来ちゃったよ。
今度また八ヶ岳に登りに行ってみようかな。
もう20年以上も前になるんだけど、美濃戸の登山口から赤岳には登ったことが有るんだ。
ところで、その権現岳にはどうやって登るの?」
すると寺島君がこう返してきた。
「なんだ小林先輩、先輩は山なんかに興味は無いと思ってましたよ。八ヶ岳の最高峰である赤岳に登った事がある人ならば、権現岳なんて楽勝ですよ。車で観音平という所まで行けますし、そこから編笠山を経由して行っても日帰りが出来る山ですから。南北に長い八ヶ岳の中では、最南端から登る形になります」
「ああ、そうなんだ有り難う。今度近いうちに登りに行ってみるよ」
と俺は言い、喫茶店を出てから寺島君と堅い握手を交わしてタクシーに乗り込んだのであった。






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