第55話真知子が集中治療室に

文字数 2,417文字

そして日が変わり、メンバーであった7名がミーティングルームへと集合し、不思議なマリモの研究プロジェクトの解散式が行われる事となった。
この仲間たちとは9ヶ月余りという短い期間だけの付き合いとなったのだが、その間に色々なことが起こったことも思い出していた。
不思議なマリモの実験に於いても、一緒に一喜一憂したり、研究者としての将来の夢を語り合うなど、多くの思い出が今でも鮮明に残っている。
しかし会社の方針となれば仕方がない、やむを得ない。
このプロジェクトが解散してしまうという事は悔しいのだが、諦めるしかない。
それが全員の一致した意見でもあった。
その後、今後もただ一人だけで、この研究を続けて行くことになった俺に対して、仲間たち一人ずつが励ましの言葉を掛けてくれたのであった。
そして最後に雨宮君から激励の言葉があった。
「この研究を根気よく続けていって副作用を克服し、多くの人たちの命を救ってあげて下さい。
そして会社のことを見返してやって下さい」
その後、全員で缶コーヒーで乾杯をし、一人ずつと握手をして解散となった。
そしてそのミーティングルームには、遂に俺一人だけとなってしまった。
その後、昼食をとり、寂しくなった部屋で副作用の解決策について思案をしていた時であった。
長女の梓からスマホに着信があった。
そこで今日からは一人だけになったという事もあり、誰にも気兼ねせずにその場で直ぐに電話に出てみた。
すると梓の緊迫した声が聞こえてきた。
「お父さん、お母さんの具合が悪いの。
朝から咳が続いて苦しそうなの。
どうしよう?」
すると俺は
「直ぐに救急車を呼べ。
俺も急いで帰るから、それまでの間、頼んだぞ」
と返答して電話を切ったのであった。
そしてその時、考えた。
「真知子の病状は予想していたよりも早く進行しているのかも知れないな。
このままでは2ヶ月どころか、ひと月ももたないのでは無いのだろうか?
明日から検査入院の予定ではあったのだが、この深刻な状態からして娘まかせには、しておけないぞ。
俺が付きっきりで対応した方が良さそうだな」
その後、とりあえず会社には2週間の休暇届けを提出し、急いで東京へと戻ることにした。
つくばエクスプレスに乗り、秋葉原駅に到着したところで、一度梓に電話を入れてみた。
すると救急車に乗せられて大学病院に到着してから、そのまま集中治療室へと運ばれていったのだという。
俺はその言葉を聞いた時、血の気が引いて行くのを感じた。
「やはり、そこまで病状は悪化してしまっていたのか?」
俺はこの数日間、つくばの研究所へと戻ってしまっていた事を悔やんだ。
「俺が近くに居てあげられていれば、もっと早く対応することが出来たのに、真知子済まなかった」
その後、JR、タクシーと乗り継ぎ、病院のロビーへと到着した時には、既に午後6時を回っていた。
そこで娘たちと合流し、妻のいる6階にある集中治療室へと向かってみたのである。
するとそこには、窓越しに見える真知子の姿があった。
酸素マスクを付け、多くの管に繋がれ眠っていたのだが、この数日間のうちに、またやつれてしまったようにも見えた。
その後、医師からの呼び出しがあり、2階にある医療相談室の前に置いてあるベンチシートに、3人で腰掛けて待っていた。
すると午後7時を過ぎた頃にドアが開き、看護師さんに名前を確認されてから、部屋の中へと通されたのである。
そして入ってみると、そこには主治医の姿があり、挨拶を済ませてから説明を受けることになった。
「現状をご説明させて頂きますと、肺腺癌を起因として転移してしまっている癌につきましては、前回にお話をさせてもらった通りで有りますが、それが予想以上に進行が早まっております。
それに今回は、肺炎も併発している事が判明致しました。
それともうひとつ、先ほど行った検査によりますと、腹水の方もかなり溜まってきております。
それらのことを総合的に判断いたしますと、かなり重篤な状態へとなって来ております。
そこで誠に残念なことでは有りますが、なるべく早いうちに御親族の方、それと親しかった友人の方などに、最期の面会をして頂いては如何でしょうか?
今後の事につきましてはホスピスの方も、紹介させて頂く体制は整えておきますので」
その主治医からの一連の説明が終わると、梓の悲痛な声がしてきた。
「先生、お母さんはもう、助からないんですか?
なんとかして下さい。
他に治療方法は無いんですか?」
しかしその医師は黙ったままであった。
すると今度は祥子が主治医に質問をした。
「先生、お母さんはあと、どのくらいもつんですか?
教えて下さい」
その回答に医師は口ごもってはいたのだが、暫くしてから、その重い口を開いた。
「そうですね、もったとしても、ひと月でしょうね。
しかしこの1、2週間のうちに容態が急変したとしても、おかしくは有りません」
その言葉を聞いた姉妹は、泣きじゃくりながらこう言った。
「そんなの嘘だ、お母さんが死んじゃうだなんて信じられない。
お母さん、ご免なさい、親孝行らしいことを一つもしてこなくって、ウェーン」
それらの会話の横で、辰男は突拍子もない事を考えていた。
「現代の医学では、真知子の命を救うことが出来ないのだと今、先生にも烙印を押されてしまった。
こうなってしまった以上、俺にとって唯一残された道は、あれしか無い。
そうだ、まだ未完成品である、不思議なマリモと孔雀の羽から抽出して作った混合液だ。
しかしこの先、完成品になるまで研究を続けて行き、そして厚生労働省の承認が得られるまでには、あと何十年掛かるのであろうか?
俺には、そんな悠長に構えている余裕などは無いんだ。
ここは、一か八かの賭けに出てみるしか無いのかもな?」
そう心は揺れていた。



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