第51話やはり転移か

文字数 2,264文字

そして運命をかけた日がやって来た。
娘たちは朝早く学校へと向かい、俺と真知子は娘たちが用意してくれていた朝食を食べてから、9時過ぎに俺の運転する車で病院へ向かった。
駐車場に車をとめ、自動受付け機に診察券を通してから、待合室のソファーに腰かけた。
そして20分後、真知子の名前がアナウンスで呼び出され、二人して診察室へと入っていった。
すると主治医の先生が、俺の顔を見るなり、こう言ったのである。
「あ、今日は御主人も一緒ですか?
それは良かった」
その言葉に、俺は不吉な予感がした。
「いまの先生の良かったという言葉は、何を意味してるのか?
どちらにも解釈できる言葉だぞ」
俺は不安な気持ちが増したまま、勧められた椅子に腰かけ、先生の話を聞くことにした。
「先週の血液検査の結果が出ました。
実はその中で1点だけ気になる数値が出ていまして、それが基準値を大幅に超えていました。
それは腫瘍マーカー値です」
その言葉を聞いた瞬間、俺は愕然とした。
「やはり現実に癌の転移が起きてしまったのであろうか?」
それと同時に隣にいる真知子は、どんな気持ちでその言葉を聞いていたのか、そちらの方も気になっていた。
そして先生は言葉を続けた。
「しかしこの数値だけではまだ分かりませんので、このあと11時から予約してあるCT検査室の方に向かって下さい。
そのあとでまた午後2時から、そのCT画像についての説明を致しますので、待合室でお待ち下さい」
すると俺は
「はい、分かりました」
と言って、虚ろな目をした真知子の手を握り、地下1階にあるCT検査室へと向かった。
そこへの道のりと、検査室で名前を呼ばれるまでの間、真知子はずっと俯いたままであった。
その後、CT画像を撮り終わり、病院内にある食堂で軽く昼食を済ませ、午後2時になるまでの間、待合室で待つことにした。
「当然真知子は、いま自分が置かれている立場を理解しているはずだ」
俺はそのことを思うと、なかなか励ましの言葉も見つけられずに、ただ横に居て、寄り添っていてあげる事ぐらいしか出来ずにいた。
そこで待ち続けている時の気持ちは、説明の仕方が良くないのかも知れないが、凶悪な事件を起こした囚人が、裁判所での待合室で待たされている時の心境と同じなのでは無いのかと感じた。
もしかすると、このあとの判決で、死刑という最悪のシナリオが待ち受けているのかも知れないという事であった。
そしてとうとう、その時がやって来た。
看護師さんに名前を呼ばれ、二人で診察室へと入って行くと、そこには主治医が机上のモニターに送られて来ていた真知子のCT画像を見ている姿があった。
そして俺たちに椅子に腰掛けるようにと促してから、その画面の説明を始めたのである。
「これから小林さんの体内の断層写真を、移動させながら見ていきます」
そう言って主治医は30秒ほどかけて、画像をゆっくりとスクロールさせていった。
するとその途中の何ヵ所かに、それに関しては素人の俺でも分かるほど、白く写し出された部分が確認できた。
それから主治医は画面を元の位置へと戻し、そこから白く写し出されている場所へと移動させ、その場所についての説明をしてくれたのである。
「ここの喉の辺りに見えている箇所が、おそらく癌だと思います。
大きさとしましては、直径で1cmぐらいは有りますね。
ここは手術が可能です」
しかし先ほどの、内臓に何ヵ所かの白く写し出された部分が有ったことについては、主治医は説明をしてくれなかった。
その時俺は、そのことを聞いてみたいという願望と、そんなことは聞きたくは無いというジレンマに陥っていた。
そしてそのうちに主治医が、また話し始めた。
「午前中にお話しした腫瘍マーカー値の急上昇や、いま見てもらったCT検査画像から判断致しまして、誠に残念では有りますが、癌の転移が疑われます。
そこで、これからの治療法になってきますが、喉の手術の前に、放射線治療と抗癌剤治療とを併用していきたいと思っております。
その為には事前に検査が必要となってきますので、帰りに入院手続きを済ませていって下さい。
何か質問はございますか?」
しかし咄嗟の出来事でもあったのと同時に、事態の急展開に対して、二人とも顔面が蒼白になり、何も言葉が出てこなかった。
その後、俺は少し間を空けてから、真知子のことを少しでも勇気づけようとして、思い切って主治医に聞いてみた。
「先生、これからしっかりと治療をして行けば治りますよね?」
すると主治医は間髪入れずに
「そうですね、私も全面的にサポートしますので、一緒に頑張って行きましょう」
と返してくれた。
その後、主治医にお礼を言い、憔悴しきった真知子の手を引いて診察室のドアを開けた時であった。
主治医から声を掛けられたのだ。
「あ、御主人、少しお話しが有りますので」
すると俺は
「はい、分かりました」
と返し、真知子を待合室のベンチシートに腰掛けさせてから、また診察室の中へと入っていった。
その時に真知子の左肩を、ぽんぽんと軽く叩き「大丈夫だから」
と言い残していったのである。
その間の僅かな時間ではあったのだが俺は思った。
「ああ、最悪な展開になってきた。
主治医が俺だけを呼び戻したという事は、きっと妻には話せない内容なんだ。
ああ、そんな話なんて聞きたくもない。
しかし、そうも言ってはいられない状況だ。
ここは覚悟を決めて、先生の話を聞いてみるしかない」

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