第23話実験の準備を始める事になった

文字数 2,421文字

そして週が明け、不思議なマリモから抽出した新型化合物による動物実験に向けた準備が始まった。
マウスに植え付けられたガン幹細胞の増殖具合を、CT画像による判断と、血液中に含まれる腫瘍マーカー値とを参考にして毎日データを取ることになった。
すると最初の内はそれほどは変化が見られなかったのだが、一週間が経過した頃から内臓の数ヶ所に、腫瘍らしき白い影が確認出来るようになってきた。
それからまた一週間が過ぎた頃には腫瘍の増殖と共に、マウスの食欲の減退とが顕著に現れ始め、そして立っている事さえも出来なくなってしまった。
そしてその後、実験から三週間が経過した。
そこで改めて詳細にCT画像で確認をしてみたのだが、マウスのガン細胞は内臓のみならず、脳内や骨にまで転移を始めていたのである。
それと横たわったままの体重は激減し、血液中の腫瘍マーカー値も急上昇を続けており、どのマウスたちも瀕死の状態にまで陥ってしまっていた。
それらのデータを元にして雨宮リーダーから実験日の発表があったのだが、それは急遽、明日の12月11日から行うことに決定された。
そして実験当日の朝になり、7人はミーティングルームの隣にある作業室へと勢揃いした。
その後、簡単な打ち合わせを済ませたのち松岡君が無菌室へと向かい、そこの部屋で管理していた7匹のマウスたちを、プラスチック製の飼育ケースの中に入れたままの状態で作業台の上へと運んできた。
その時、俺はその飼育ケースの中で横たわったままでいるマウスたちの姿を見て、本当に申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
今回の一番の実験テーマは末期癌に侵されてしまった患者に対して、完治に導けるような画期的な新薬を開発しようである。
それ故に動物実験をするにしても普段行っている抗癌剤を使用しての実験よりも、より重篤な症状にまでマウスたちを危険にさらしてしまっている。
「ごめん、この実験が成功すればガン細胞を完全に失くすことが出来るから。
もう少しの間、我慢してくれ」
俺は祈る思いで、この実験に臨むことになった。
その後、藤井君に今回の実験で使用する抗癌剤を薬剤保管庫まで取りに行ってもらい、そして30分後、小さなジュラルミンケースの中に入れ戻ってきた。
そして、マウスたちを入れた飼育ケースと抗癌剤の入ったジュラルミンケースとを持ち、全員で4階にある研究ルームへと向かうこととなった。
防塵服を着てマスクを装着し、そして白い手袋をはめてからその部屋へと入っていった。
その後、俺が摂氏4度で管理されている保管庫に向かい、不思議なマリモから抽出した3種類の新型化合物を取り出してきてから作業台の上に置き、準備は整ったのであった。
その時点で作業台の上には、試験管の中に入れてゴム栓で密封状態となっている3種類の新型化合物と、小さな茶色の瓶に封が付いたままの抗癌剤、それとガン幹細胞を植え付けられて、それが増殖し、瀕死の状態となってしまっている7匹のマウスたちが載せられていた。
そして先ず最初の作業として、3種類の新型化合物の希釈から始めることになった。
僅か3ccずつしか抽出できなかった新型化合物の入っている試験管のゴム栓を抜いて、シャーレの中へとそれぞれを流し入れた。
次に7倍に希釈するため、溶媒である純水を18ccずつ注入し、よく撹拌させていった。
するとこれで、新型化合物ABCの7倍の希釈液が21ccずつ完成したのである。
そして次に、新型化合物ABC3種の希釈液をそれぞれ3本のスポイトで順次吸い上げていった。
その後、それら3種の希釈液を3つのシャーレの中へと7ccずつ注入し、そしてまた他に用意した3つのシャーレの中にも7ccずつを注入してから、同量である7cc分の抗癌剤を混入していった。
そして最後に残った7ccずつ3種ABCの希釈液を1つのシャーレの中に注ぎ入れ、よく撹拌をさせたのである。
すると7個のシャーレの中には、7種類の実験液が完成したのであった。
そしてそれらを7本の注射器を使用して吸い上げてゆき、それぞれを区別するために1から7までの数字を側面にマジックで記入していった。
1、2、3番の注射器には、ABCそれぞれの新型化合物を7倍に薄めた希釈液が、4番の注射器には、それら3種類の希釈液をすべて混ぜ合わせた物が入れられた。
そして5、6、7番の注射器の中には、ABCそれぞれの希釈液7ccと、同じ7cc分の抗癌剤を注入して作られた合わせて14ccの混合液が入れられたのである。
その後、その7種類の実験液によるマウスへの注入を、午後から決行するという事が雨宮リーダーから発表され、そして昼休みを挟んでから、またこの研究ルームに集合することとなった。
俺は昼食を早く済ませ、ひとりでミーティングルームへと戻り、目を閉じて瞑想にふけ、そしてこんな事を考えていた。
「今回の実験は必ず成功させなくてはいけないな。
不思議なマリモに含まれている数多くの成分から作り出そうとしている新薬は癌のみならず、ありとあらゆる難病に対しての有効性が確認されることを俺は祈っている。
その先ず手始めとして癌に対しての有効性を確認する実験から行ってゆくのだが、他の難病に対する研究も順次進んで行くことになるだろう。
人間は生まれつき体質が弱かったり、難病を抱えたまま生まれてくる人たちもいる。
またうちの姉がそうであったように、成人してからも急に大病に襲われ、命を失ってしまう人もいる。
それはどうしてなのだろうか?
先天性の病気、後天性の病気、それらすべての病気も含め、人間が人間らしく生活をおくり、そしてすべての人びとが人生をまっとう出来るような時代がやって来ないものだろうか?
そのヒントとなるものが、今回の実験で得られれば良いのだが」
そう、思いを募らせていた。
その後、午後からの作業の時間に合わせて、4階にある研究ルームへと戻っていった。
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