第9話捜索は苦難の連続だった

文字数 3,108文字

そして帰宅後、軽くビールで喉を潤してから、俺は書棚にあった山岳ガイド地図帳を取り出し、八ヶ岳の権現岳周辺が載っているページを開いてみた。
そして分度器を使い権現岳山頂から300度の方角に印を付け、そこと権現岳山頂とを直線で結んでみたのである。
更に権現岳山頂から写した多数の写真と、地図に載っている等高線とを照らし合わせながら見てみた。
すると目標とする場所のおよその位置を特定することが出来たのであった。
その場所とは権現岳から見ると北西の位置にある、立場岳の南側斜面であった。
それから暫しの間、俺はその地図を眺めていたのだが、詳しく見れば見るほどに苦悩の色が増してきた。
それはその場所が標高1900mという高さと共に、人が近づくことを拒んでいるような立地条件であった為である。
「参ったなあ、ここの場所に辿り着くのには、かなりの困難が待ち受けているぞ。
この地図に載っている等高線からすると、沢を登り詰めてからの目的地までが道も無き急斜面となっている。
果たして俺の体力で辿り着くことが出来るのであろうか?」
と疑心暗鬼に陥ってしまった。
しかし俺はもう一度、いま自分が置かれている立場を冷静になって考え直してみた。
「他の研究者たちが行っているような研究は、基礎的な知識もない俺にはいまさら出来やしない。
それに俺に残されている時間も、そう長くはない。
それとあの金色に耀いていた物体がいったい何なのかを、この目で確かめてみたいという願望もある。
そしてそれが、もし鳳凰と呼ばれるのに相応しい物で有るのならば、きっと人知をも遥かに超えるほどの不思議な力を持ち合わせている事であろう。
尚且つその物体が、俺の探し求めている難病に効果をもたらしてくれる新薬のヒントになってくれるのであれば、これほど嬉しいことはない」
そこで俺は一念発起し、これに賭けてみようと決心したのであった。

そして早速、今週の土曜日に行動へと移すことにした。
俺は前日に四輪駆動のレンタカーを借りておき、当日、日の出と共に寮を出発した。
坂を下って行き、T字路を右折し一般道へと出た。
そしてそのまま車を走らせ前回と同じコンビニに到着した。
今回の行程は相当に過酷であり体力の消耗も予測される為、おにぎりを10個購入した。
しかし沢沿いを歩く道のりが長く、その途中で川の水を補給できることも考え、ペットボトルのドリンクは2本だけにして、リュックに背負う荷物は最小限に抑えることにした。
その後おにぎりを頬張りながら順調に車を走らせて行き、富士見高原を過ぎて立場川沿いの
十字路へと到着した。
そこを右折し立場川を左側に見ながらデコボコした林道を5kmほど登り詰めて行くことになった。
走るほどにその道は急登へと変わってゆき、四駆車の恩恵を最大限に享受することが出来た。
その後、林道の終点を知らせる看板が見えてきたので車を道の左端に寄せてから駐車させた。
「よし、ここからは自分の足だけが頼りだ」
と自分に言い聞かせ気合いを入れ直したのであった。
そして車を降りて沢まで歩いて行き、そこから上流部の様子を窺ってみた。
するとその光景は俺の想像を遥かに超えていた。
それはこれから先に訪れるであろう過酷さを、充分に予感させるものであった。
その沢の中には多くの大きな岩が、行く手を阻むようにして立ちはだかり、左右の森は傾斜がきつく、それに覆い被さるようにしてV字谷になっていた。
しかも天気には恵まれているはずなのだが、辺りは鬱蒼として薄暗くなっており、何か気高い雰囲気に包まれていた。
「ようし、鳳凰をこの目で見てやるぞ。俺にとって沢登りは初めての体験で、前途多難であることは分かっている。
しかし今日は運命の日にしてやるんだ」
と自分を鼓舞し、リュックを背負い出発する事にした。
そして沢沿いを歩き始めて直ぐのことであった。
いきなり大きな岩に行く手を阻まれてしまった。
俺は、その岩の左側にある草の生い茂る斜面をよじ登り、迂回して通り過ぎた。
そこから再度、沢の上流方向を見上げてみたのだが、同じような光景が続いており、どこか絶望的な気分になってしまっている自分がいた。
しかし
「このように人間が容易に近づくことが出来ない場所だからこそ、鳳凰の棲家も長年にわたり守られてきたのだろう」
と自分を納得させていた。
俺はその後も自分の体力に対する不安感と、未知との出逢いである物体との期待感を持ちながら、沢を登り続けていった。
そして小休止を取りながらではあったのだが、目的地にあたる直下の沢まで、必死の思いで辿り着くことが出来たのである。
しかしその時点で、歩き始めてから既に4時間を要しており、50歳を優に超えている俺にとっては体力の限界が近づいて来ていた。
しかも登山靴は沢の水に浸かりビショビショになっており、着ていた下着も大量の汗の為、冷たく感じられるようになっていた。
しかし持参してきていた替えの下着も、先ほどの休憩の時に使用して既に使いきっており、荷物を最小限に抑えたことが裏目に出てしまっていた。
「このままでは体の熱を奪われ体調を崩してしまう」
そこで俺は考えた。
「そうだ、濡れてしまった下着を脱いでから登山用の長袖を直に着て、その上に持ってきた雨合羽を着てみよう」
すると大正解であった。
保温性、保湿性に優れている雨合羽は実に暖かく、生き返った気分になれた。
雨合羽さまさまであった。

俺は沢の水で口を潤してから先を急ぐことにした。
ここからは鬱蒼とした原生林の急斜面を、よじ登って行くしかない。
しかもそこには苔が10cmほど堆積しており、ここから先は持久戦になることを覚悟するしかなかった。
そこで俺は腹を決め、両手両足を駆使して登って行くことにした。
しかし体重を掛けるごとに苔が沈み、まるで砂場の急斜面を這いつくばりながら登り続けているかのような状態であった。
その疲れた俺が小休止を取るたびに、姿は見せないウグイスの軽やかな囀りが応援をしてくれていた。
そして2時間ほど登ったであろうか、俺は疲労困憊になり仰向けに寝転び、息を整えることにした。
そのまま暫くの間、時が過ぎていった。

その後、空腹を満たすため上半身だけ起き上がり、おにぎりを頬張った。
そしてまた寝転んだ
そうして肉体的にも精神的にも落ち着きを取り戻した時、辺りの景色をユックリと見回してみたのである。
すると右斜め上方にある木々の隙間から、一見して周りの景色とは明らかに違う何かの棲家のような物が目に入ってきた。
俺は這いながら、それに一歩ずつ近づいていった。
そしてリュックから懐中電灯を取り出し、その物体を照らしながら周りの構造を調べていった。
するとそれは、多くの枝葉を寄せ集めてきて形作られたのかのように見えたのである。
全体的な形状としては秋田県の冬の名物でもある、かまくらに良く似ていた。
その後、斜面となっている周りを這いながらグルリと一周してみたのだが、入り口らしい場所は見つけられなかった。
そしてそれは想像していたよりも大きく、直径で5mくらいは有りそうだった。
「この場所が権現岳の山頂から見えていた目標としていた地で有るのか?
もしそうで有るのならば、東南東の方角である権現岳の方向に、大きな丸い穴が開いているはずだ」
俺は、その何かの棲家のような物にしがみつきながら立ち上がり、懐中電灯をあて、その中の様子を窺ってみた。
すると、微かにでは有るのだが南の方角から陽が差し込んでいるのが確認できた。
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