第34話お姉ちゃんの意気地なし

文字数 2,479文字

そして
「お父さん、用意出来たわよ」
と帰って来ていた長女の梓に揺り起こされてダイニングへと向かったのである。
するとそこには丼鉢にてんこ盛りとなった具だくさんのほうとうが、美味しそうな湯気を放っていた。
そして3日振りの家族4人揃っての食事となった。
「いただきます」
そう言って4人同時に箸を持ち上げてみたのだが、カボチャは熱い、ダイコンも熱い、そして幅広であるほうとうの麺も、当然のことながら熱い。
そんなこったで、なかなか4人の箸が進まずにいた。
そうこうしている内に長女の梓が、真知子に増富温泉での思い出話を聞いてきた。
すると真知子は嬉しそうにまた話し始めたのである。
「温泉がね、驚くほどぬるかったの。
最初は冷たく感じるほどだったわ。
だけどそのぬるいのが体にはいいみたい。
源泉の効能が失われないんだって」
すると
「ええ、そんなにぬるいの私はヤダな」
と祥子が言った。
それに対して真知子はこう返した。
「そんなことは無いわ。
そのうちに体も慣れてきて、長時間でも入っていられるんだから。
それにね、出てくる料理も美味しかったのよ。
山菜も多くて私の口にはピッタリだったわ。
それに何と言っても上げ膳、据え膳だったでしょ。
料理も後片付けもしなくて済んだという事が、一番嬉しかったんだから」
それを聞いた梓と祥子は、普段家事をあまり手伝っていない事もあり、恥ずかしそうに頭をペコリと下げていた。
「でもね、お母さんがそれ以上に本当に嬉しく思ったのは、お友達がたくさん出来たことなの。
お友達と言っても普通のお友達とは違い、あそこの温泉に湯治で来ている人たちは、多くの人が健康に不安を持っているの。
そこで一緒に温泉に浸かりながら、それぞれが自分の病気の話をしたり聞いたりしていく内に打ち解けていくんだ。
そうすると何て言うかな、妙な連帯感が生まれてくるのよ。
病気に怯えているのは私だけじゃないんだと。
その話の中でね、この温泉に長く通っているお陰で症状が良くなってきただとか、安定しているという話を聞くと、それだけで勇気をもらえるの。
今回の湯治で4人もお友達が出来ちゃったしね」
すると
「エーお母さん凄い、そんなに出来たの?
それでどういう人?」
と梓が質問してきた。
すると真知子がこう答えた。
「それがね、みんな私よりお姉さんなんだ。
それぞれが病気と向き合って、明るく生きている人たちなの。
そのみんなとメールアドレスの交換もして来ちゃったんだ」
「へえー」
するとその頃には、ほうとうも少しは食べやすくはなって来ていたので4人とも箸を持って、食べながら会話をすることになった。
「そんなにいい所なら私も行ってみたいな」
と祥子が興味を持ち始めた。
そこで俺は言った。
「だけどな、宿も古いし娯楽施設も無いぞ。
決して若者向けの場所では無いかもな。
良く言えば風情があるな、大自然も残っているし。
標高が1000メートルも有るから夏は避暑地だな。
そうだ、さっき母さんとも話していたんだが、今度は夏休みを利用して4人で行ってみるか?」
すると娘たちも
「ヤッター賛成」
「私も」
とすっかり乗り気になっていた。
「ご馳走さまでした」

俺はほうとうを食べ終わってから、山梨で購入してきたお土産を部屋から持ってきた。
そしてレジ袋の中から増富で購入した蜂の子の瓶詰めと、談合坂SAで買った信玄餅と月の雫とを取り出してテーブルの上へと置いた。
すると娘たちは蜂の子の瓶詰めに興味津々であった。
「なにそれ、グロい」
「まるでウジ虫みたいじゃん、それを食べるの?」
すると俺は
「そうだよ」
と言いながら瓶詰めの上の蓋を外し、スプーンで小皿に盛ってみた。
そして男気を出し、率先して一匹だけ箸で摘まみ、口の中に放り込んだ。
実を言うと俺も食べるのは初めてだったのである。
そして恐る恐るその蜂の子を、前歯でブチュッと噛み潰してみた。
するとその食感は何とも言えない独特のものでは有ったのだが、味自体は甘辛く煮詰めてあり、何の違和感も無く美味しく感じられたのであった。
そこで俺は口では語らずに左手の指を使い、OKサインを3人に向けて出してみた。
するとそれを見て安心したのか、真知子と祥子は直ぐに箸で摘まみ口へと運んでいったのだが、長女の梓だけは口をつぐんだまま箸を持とうともしなかったのである。
そして
「私はこっちの方がいいわ」
と言いながら信玄餅を包んであったビニールの包みを解き始めた。
そして手慣れた手つきで黒蜜ときな粉とをまぶしてから、パクッと口の中に入れた。
するとその様子を見ていた妹の祥子が
「意気地なし、お姉ちゃんはいつまで経っても、お子ちゃまなんだから」
とからかったのである。
するとすかさずに梓が反撃に出た。
「だって私は育ちのいい箱入り娘なんだから、得体の知れない物は食べられないのよ。
それとね、あなたみたいに食い意地が張っていないから、自分の食べたい物だけをチョイスしているの。
だけどあなたの方が痩せているのってどういう事?」
すると全員で大笑いになっていた。
その後、みんなで信玄餅と月の雫とを食べながらの会話も弾み、楽しいゆうげの時間は過ぎていったのである。

そして翌日となり、午前中はノンビリとした時間を過ごし、昼食をとってからつくば市にある研究所へと戻っていった。
そうしてその戻る電車の中でも、色々な想いが俺の脳裏を駆け巡っていた。
「真知子もいま現在は元気な様子では有るのだが、まだこの先4、5年は再発の不安が付いてまわるのだと思う。
どうかこのまま何もなく、平穏無事な時が過ぎていってくれれば良いのだが。
それともう一つ。
いま行っている不思議なマリモから抽出した物質を利用しての、新治療薬の開発が順調に進み、一日でも早く難病に苦しんでいる人たちを救い出してあげたい。
今回の湯治で鋭気を養うことも出来たし、よしこれからも頑張るぞ」


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