第68話マーちゃんがお粥を食べた

文字数 1,618文字

そして看護師さんが用意してくれたトレイの上には、梅干しの入っているお粥と、別にスクランブルエッグとヨーグルトも載っており、それらを早速、梓がスプーンを使い真知子に食べさせてみる事にした。
お粥を少しだけ掬い、そっと真知子の口元に近づけてみた。
しかし真知子の視線は、そのスプーンの方に向いてはいたのだが、何のことだか理解できていない様子であった。
その後も梓は何度も試みてはみたのだが、真知子は一向に口を開こうとはしなかった。
そこで梓は考え、自分で口を大きく開ける仕草をして、見せてみる事にした。
するとそれを見た真知子は、その真似をして、自分の口も大きく開けて見せたのであった。
その動作をみた梓は
「ヤッター」
と小さな声を上げ、持っていたスプーンをそっと真知子の口の中へと運んでいった。
そして今度は口を閉じる仕草を真知子に見せてみると、パクッと口を閉じたのである。
そこで梓はスプーンを真知子の口の中からユックリと引き抜きながら、自分の口をモグモグさせて咀嚼するフリをしてみた。
すると真知子は、またその梓の真似をして、顎を上下に数回動かしてから、ゴックンと呑み込み、そしてニコリと笑ったのである。
その様子を見ていた祥子が言った。
「あ、マーちゃんが食べた。
もう喉も痛くないんだね、これで元気になれるや。
いっぱいいっぱい食べるんだよ」
そして梓は、続いて2杯めのスプーンを真知子の口元に近づけていった。
すると今度は真知子の唇が、自然とそのスプーンに吸い寄せられるようにして近づいて行き、スルッとスプーンごと口に含んでから、お粥だけを掬いとり、そしてサッと頭を後ろに移動させたのである。
その一連の動作を見ていた3人は、呆気にとられていた。
そしてまた祥子が呟いた。
「お母さん、凄い学習能力」
その後も梓は、スプーンを何度も何度も往復させていった。
そしてそのスピードは次第に速くなって行き、あっという間にお粥を完食してしまった。
それでも真知子は、まだ物足りないのであろうか、自分の両手で太腿を叩き、催促する仕草を見せ始めたのである。
それを見た辰男が言葉を溢した。
「真知子も久し振りの食事だからな、よほどお腹が空いていたんだろう。
最近は食べたくても喉が痛くて、まともに食べられなかったしなあ。
思いきり食べさせてあげたいよ。
そこに避けてある梅干しも、食べさせてみたらどうかな?
真知子は好きだったから」
すると梓が言った。
「まだマーちゃんには刺激が強すぎるんじゃないの?
でもやってみようか」
そうして小さく千切った梅干しをスプーンに乗せて、真知子の口元に近づけてみた。
すると真知子は一瞬キョトンとした表情を見せてから、パクッと食らいついてきた。
しかしそれからであった。
数秒経ってから目をギュッと瞑り、ペッとその梅干しを吐き出したのである。
するとそうなる予感がしてたのか、梓がその吐き出した梅干しを右手で見事にキャッチしたのだ。
その一連の動きを見ていた祥子が言った。
「お姉ちゃん、ナイスキャッチ、ファインプレイ」
その言葉に3人で大笑いとなった。
その後、真知子はトレイの上に残っていたスクランブルエッグとヨーグルトも次々と完食していった。
そして梓が
「今日はこれでおしまいよ」
と言いながら真知子の頭を撫でると、それでやっと満足が出来たのか、澄んだ瞳を輝かせて頭をペコリと下げたのであった。
そして
「これだけ食欲が戻れば、お母さんの回復も早くなるかもな」
と辰男が言うと、娘たちも
「そうね」
と言いながら安堵の表情を見せていた。
そしてこの日も、辰男は真知子の病室に一緒に泊まることにして、娘たちを見送りに駐車場まで出ていった。
その後「それじゃ、気をつけてな」
と言って二人と別れ、その足で近くのコンビニへと向かい、お弁当を購入してきた。
そして個室へと戻ってみると、真知子は既にスヤスヤと眠りについており、辰男は一人寂しくお弁当を食べ、そして簡易ベッドで眠りについたのであった。
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