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その頃、路地裏の居酒屋、奥の席では、ケリーソンがトバイアスを相手に食事……というか、飲んでいた。
実は、ヤケ酒に近い。氷の売り上げが、あまりよくなかったからだった。
どうやら数日前に、船の速度においてライバルと言われている、レッドヘアーが寄港したらしい。同郷の船なので、積み荷もデヒティネと同じ、ハイランドの氷だった。先に大量に捌かれたので、価格が暴落しているのだ。
なんとか許容範囲の値段を提示された商会に売ることが決まったが、そこは食料品関連専門の会社で、染料の取引はしていない。
しかたないので、今度は改めて染料の買いつけをするための商会を探さなければならなかった。
針路変更を余儀なくされたのはしかたないとはいえ、よりによってレッドヘアーに先を越されてしまったのが、そもそも癇に障る。ケリーソンはグラスのなかの濃い酒を一気に呷った。そしてむせる。
「船長、大丈夫ですか」
「ああ、ごほっ、大丈夫だ。これくらい」
咳が止まらない姿を、気の毒そうに見ながら続ける。
「腹が立つのはわかりますが、無理しちゃいけませんよ」
「ああ、わかってる」
「明日はまた商会巡りなんですからね」
「そうだな。酒臭い息で行っちゃあ、まとまる話もまとまらない、か……」
「おわかりなら、これ以上は言いません」
トバイアスはそう言って、皿にある魚のフライにかぶりつき、自分の酒を飲んだ。グラスに入っているのは、軽めの果実酒だ。
「最悪、染料以外のものも積み込むことを考えなきゃいけませんね。もっと利幅の悪いものでも、空っぽでいくよりはマシですから」
「ああ……」
頷くケリーソンの目は、とろんとしてきている。酔いが回ってきているのだ。ろくに食事に手をつけず、すでに何杯も飲んでいる。トバイアスはそろそろ店を出る潮時と判断した。
大急ぎで皿のものを平らげると、会計を済ませ、宿の部屋までケリーソンを送っていった。
商売のやり繰りが失敗すると、結局は乗組員全員の賃金に関わってくる。出来高の何パーセントが取り分、というシステムの給料支払いなのだ。
だから、ケリーソンの責任も重い。
それがわかっているから、あてにしていた目算ほどには稼げなくて酔い潰れたくなる気持ちを責めるつもりはない。
ただ、明日になってもまだ情けない態度を取っているなら、自分が気合をいれるしかないな、とだけ決めてから、自室に戻った。