文字数 1,442文字
店番をしているのは、人懐っこい顔をした、シルフィと同じくらいの年齢の少女だった。足を止めたシルフィに売り込もうとしたのか、棚の裏側から、弾かれたような勢いで出てきた。
その姿に、シルフィは息を飲んだ。
このあたりでは当たり前らしい、肌の露出したデザインの服を着ているのだが、その見えている肌一面に細かな模様が色彩豊かに描かれていたからだ。
「それ、すごいね」
思わず指さして言うと、相手は自慢そうに、ふふん、と鼻を鳴らした。
「秘伝なのさ」
流ちょうな船乗り語が返ってきた。
「あたしの部族しか、肌に模様を描ける、この特別な染料を作れない。どうだい、ひと瓶買っていくかい?」
そう言って、手のひらで包み込めるほどのサイズの透明な小瓶を掲げてみせる。なかには、紫色の染料の粉が入っていた。
「ううぅん……。いくら?」
ためしに訊いてみると、銀貨一枚と言われた。シルフィの給料二週間分だ。あまりの高額に、購買意欲などあっという間にどこかに行ってしまった。
「そんな高いの、買えないよ」
シルフィが愚痴るようにため息まじりに言うと、相手はまじまじと全身を見た。
「あんたそんな恰好して、もしかして船乗り?女が乗ってるなんて、聞いたことないけど」
「うん。あたしは風呼びなんだ。今日港に着いた、デヒティネって船に見習いで乗ってる。名前は、シルフィっていうんだ」
「ああ、あたしはティシャっていうんだ。へえ、あんたデヒティネに乗ってるんだ。今の時期なら往路か。じゃあ、次はフーミダーラに寄るんだろ」
「そうだけど……。デヒティネって、そんなに有名なんだ」
「年に数回とはいえ、まあ、ほぼ同じ時期に寄港して、大きな取り引きをするからねえ。なんとなく馴染みはあるね」
「そっかあ……」
「ここでこれ買っていけば、向こうじゃ倍以上の値段で売れるよ。あんたはみんなみたいに、小遣い稼ぎはやってないのかい」
世慣れた口調に感心しながら、シルフィは勧めに従うかどうか迷う。するとティシャは品物の陳列棚の裏にいったん回り、小さな皿と筆を手に戻ってきた。
「試してみる?」
そう言って、色々な種類の模様の描かれた自分の腕をシルフィに見せる。
「どの模様が好き?描いてあげるよ」
じっと見つめたあと、小さな鳥の模様を指さす。ティシャは頷き、小皿に水で溶いてあった青い色の粉を筆に付け、シルフィの手首の近くに、鳥の模様をすばやく描いた。
それはすぐに乾いた。するとティシャがごしごしと擦ってみせた。みごとに、薄れも曲がりもしなかった。
「すごい。これ、ずっと消えないの」
自分でも何度も擦ってみながら訊くと、奥から今度はなにかが描かれた薄紙を一枚持ってきた。
「この紙には、消すための呪文がかけてある。これを当てて水で濡らせば、すぐに消せるんだ。あげるよ」
「もし失くしちゃったら、同じこと描いた紙でも代用できる?」
「無理だね。呪文じたいをうちの部族の者がかけてなければ、意味がない。描かれているものは、単なる目印みたいなもんだから」
「へええ……」
「それを使わない限りは、消えないよ。いくらでも長持ちさせられる。いいだろ」
「うん。これってあの、服を染めるのにも使える?」
「ああ。もったいない使い方だとは思うけど」
「そっかあ。じゃあ、ひと瓶もらうよ」
もしも上手いこと捌 けなくても、それなら最悪家まで持って帰って、母親にあげることもできる。色褪せた布地や糸を染め直して再利用するのをよくやっていたから、こんないい染料、喜んで使ってもらえるだろう。
その姿に、シルフィは息を飲んだ。
このあたりでは当たり前らしい、肌の露出したデザインの服を着ているのだが、その見えている肌一面に細かな模様が色彩豊かに描かれていたからだ。
「それ、すごいね」
思わず指さして言うと、相手は自慢そうに、ふふん、と鼻を鳴らした。
「秘伝なのさ」
流ちょうな船乗り語が返ってきた。
「あたしの部族しか、肌に模様を描ける、この特別な染料を作れない。どうだい、ひと瓶買っていくかい?」
そう言って、手のひらで包み込めるほどのサイズの透明な小瓶を掲げてみせる。なかには、紫色の染料の粉が入っていた。
「ううぅん……。いくら?」
ためしに訊いてみると、銀貨一枚と言われた。シルフィの給料二週間分だ。あまりの高額に、購買意欲などあっという間にどこかに行ってしまった。
「そんな高いの、買えないよ」
シルフィが愚痴るようにため息まじりに言うと、相手はまじまじと全身を見た。
「あんたそんな恰好して、もしかして船乗り?女が乗ってるなんて、聞いたことないけど」
「うん。あたしは風呼びなんだ。今日港に着いた、デヒティネって船に見習いで乗ってる。名前は、シルフィっていうんだ」
「ああ、あたしはティシャっていうんだ。へえ、あんたデヒティネに乗ってるんだ。今の時期なら往路か。じゃあ、次はフーミダーラに寄るんだろ」
「そうだけど……。デヒティネって、そんなに有名なんだ」
「年に数回とはいえ、まあ、ほぼ同じ時期に寄港して、大きな取り引きをするからねえ。なんとなく馴染みはあるね」
「そっかあ……」
「ここでこれ買っていけば、向こうじゃ倍以上の値段で売れるよ。あんたはみんなみたいに、小遣い稼ぎはやってないのかい」
世慣れた口調に感心しながら、シルフィは勧めに従うかどうか迷う。するとティシャは品物の陳列棚の裏にいったん回り、小さな皿と筆を手に戻ってきた。
「試してみる?」
そう言って、色々な種類の模様の描かれた自分の腕をシルフィに見せる。
「どの模様が好き?描いてあげるよ」
じっと見つめたあと、小さな鳥の模様を指さす。ティシャは頷き、小皿に水で溶いてあった青い色の粉を筆に付け、シルフィの手首の近くに、鳥の模様をすばやく描いた。
それはすぐに乾いた。するとティシャがごしごしと擦ってみせた。みごとに、薄れも曲がりもしなかった。
「すごい。これ、ずっと消えないの」
自分でも何度も擦ってみながら訊くと、奥から今度はなにかが描かれた薄紙を一枚持ってきた。
「この紙には、消すための呪文がかけてある。これを当てて水で濡らせば、すぐに消せるんだ。あげるよ」
「もし失くしちゃったら、同じこと描いた紙でも代用できる?」
「無理だね。呪文じたいをうちの部族の者がかけてなければ、意味がない。描かれているものは、単なる目印みたいなもんだから」
「へええ……」
「それを使わない限りは、消えないよ。いくらでも長持ちさせられる。いいだろ」
「うん。これってあの、服を染めるのにも使える?」
「ああ。もったいない使い方だとは思うけど」
「そっかあ。じゃあ、ひと瓶もらうよ」
もしも上手いこと