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取りつけられた船首像は、
螺旋模様を描く角が額にある馬の姿だ。胴体の後ろ半分は魚のかたちで、前半分は背を反らして勇ましく前足を跳ね上げ、口は今にもいななきが聞こえそうな形で開いている。
本来なら、気高く、勇ましい、躍動感のある姿だったにちがいない。
しかしそれが今、醜い黒い塗料で両目が潰され、口には木の棒をくわえさせられうえにロープでぐるぐると巻かれ、なにもできないようにされていた。
船員みんなに敬われ、自由に憎まれ口をきき、笑い、鼓舞するデヒティネの船首像に慣れている身からすると、あまりにも痛々しい姿だった。これだけでも、この船の不気味な異様さが一瞬で理解できる。
こんなところから、一刻でも早くティシャを救い出したかった。
「この瘴気を払えないか、風を呼んでみよう。できるか」
ゲイルの言葉にシルフィは頷く。気持ちばかりが焦り、うまく吹けないでいると、肩に手を置かれた。
見上げると、指笛を吹きながらゲイルは頷いてみせた。それを見て、すこしだけ気持ちが落ち着く。
焦りに気持ちのゆとりを失い、できることもできなくなるのなら、本末転倒というものだ。シルフィは口から指をいったん離し、大きく長く息を吸った。
そのとき甲板はといえば、相手の出方がまったくわからず、戸惑っていた。
黒い瘴気に覆われていてろくに見通しもきかず、どれだけの人間が乗っているのかすらわからない。
銃などで攻撃してくるのを想定して身構えていたのだが、それすらも反応がない。
ためしに一発撃ってみると、瘴気に軌道を曲げられ、弾が跳ね返ってきた。
「渡し板をお借りしていいですか」
しばらく様子を見たあと、ジェラニがケリーソンに申し出た。向こうに乗り込むという。
状況から考えて、たしかに肉弾戦しか方法はなさそうだった。
「うちの乗組員も……」
ケリーソンの申し出に、ジェラニは首をふる。
「お気持ちは嬉しいですが、まずは私たちの仲間だけで行きます。なにかあったら、すぐに船が動かせるようにしていてください」
「そうですか」
このやりとりを知らなかったシルフィは、板をジェラニたちが渡り始めると、ゲイルに許可をもらって檣楼から飛ぶように降りて、あっという間に後に続いた。
「わっ、バカ、あいつ……!」
それに気づいたピーティーが止めようとしたが、そのときにはもうシルフィの身体は黒い霧のなかに消えてしまっていた。