文字数 1,212文字

 シルフィに商品を渡すと、ティシャは機嫌よくなったのか、ちょうど通りがかった果物水売りに声をかけ、冷たい飲み物を奢ってくれた。
 売り子が背負っている大きな水差しからカップに注がれたのは、まるで発光しているような鮮やかな赤い色の液体だった。
 驚きながら口をつけると、どぎつい色からは想像もつかない、繊細で爽やかな味がした。
 ゆっくりと飲みながら、周りを見回す。
 とにかく、市場で売っているなにもかもが、鮮やかな色をしていて、ただ眺めているだけでも退屈しない。
 しかもこれだけの豊かな色を使いながらも、下品にはならずちゃんとバランスが取れているところが、派手な色遣いに完全に慣れている歴史を感じさせる。

「おいしい?」

 ティシャが心配そうに訊いてきた。頷いてみせると、大きな口を開けて笑った。

「あんた、気に入ったよ。ここにはいつまでいるんだい?」

「最低でも三日はいることになってる」

「そっかあ。観光でもするのかい?」

「うーん、そうしようかなあ。そういえば、木音の森ってところの絵を見たよ。綺麗なところだよね」

「ああ、あそこはけっこう行くの大変だよ。明日でよければ、案内してやろうか?」

「店番はいいの」

「明日は交代のヤツが来てくれるからね、大丈夫」

「じゃあ、お願いしようかな」

 観光や見物という発想はなかったが、考えてみれば酒も女も関係ないシルフィからすれば、せいぜい買い物くらいしかやることはなかった。申し出のおかげで好奇心が湧いてきた。

「どこに泊まってんの」

「”雄豹のヒゲ”亭に泊まってる」

「ああ、あそこか。明日の朝、迎えに行くよ」

「わかった」

 約束するとカップの中身を飲み干し、別れを告げた。
 もうすこし市場のなかを見て回り、船の上で楽しめる日持ちのする菓子や食べ物を買い集めると、宿に戻った。

「おう。どうだった」

 ちょうど廊下でゲイルにかち合い、そう訊かれた。

「友だちができたよ。あした木音の森ってとこに連れていってくれるって」

「ああ、なんかいいとこらしいな。でも大丈夫なのか、友だちって」

「うん、そうだと思うけど……。市場で店番やってた、あたしと同じくらいの歳の子なんだ」

「あー、あの市場か。公営だし、一応許可受けた身元のしっかりした業者しか店出せないから、まあ、悪人じゃないとは思うが……」

「これを売ってたよ」

 染料を出してみせると、まじまじと見つめて、品質を確かめているようだった。

「いくらだった」

「ひと瓶、銀貨一枚」

「まあ、相場だな。物も確かなようだ。騙してくるような相手じゃなさそうではあるな。俺もついていこうか?」

「大丈夫だよ。夕方までには帰ってこられると思う」

「そうか。念のため、短剣は持っていけよ」

「わかった」

 その後、ゲイルと一緒に夕食に行っているあいだにも、シルフィは明日のことで気もそぞろだった。
 なにしろ、物見遊山など初めての経験だ。
 ベッドに入ったあとも興奮がなかなか醒めず、眠るのにひと苦労した。

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