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「よぉし。あたしもじゃあ、技を披露しちゃおうかなあ」
しばらく聞き入ったあと、唐突にティシャが言った。指笛を吹きながら横目で見ていると、服の縫い目の間に、見えないようにつけられたポケットから、なにかを取り出した。
手のひらのなかに握りこめるサイズの、金属製の細長い筒だった。見せてもらうと、片側は少し尖っていて、小さく穴が開けられ、キャップがついている。反対側は、蓋状になっていて、なにかをそこから入れられるようになっていた。
「なに、これ……?」
「そうだよ。まあ、見てな」
ティシャはキャップをはずし、その筒状のものを空中に掲げた。
すると、穴の先から、白色の粉が出てきた。あたりを吹く風に乗り、帯状に伸びていく。
それが一定の長さになると筒の口を指の腹で塞いで、色の帯が長くなるのを止めた。まるで、色糸を切るようだった。
そして空中に浮いた色の筋に、なにかの呪文を唱えた。すると筋は形と色を変え、気がつくと鮮やかな青色の蝶の形をした線になっていた。
シルフィからすると、空中という画用紙に、いきなり絵が描かれたような感覚だった。ティシャはその作業を何回か繰り返し、大きさや色も変化させた。
気がつくと窪地は、木から鳴る音に、渦巻く風に浮かんで飛ぶ蝶を
粉の色はどれも派手で、それが陽ざしを反射してきらきらと光る。思いもかけなかった情景に、興奮して思わず叫ぶ。
「ティシャ、こんな魔法使えたんだ!」
「そうさ、すごいだろ!父ちゃんに教わったんだ!まだこの模様しか作れないけど!」
「父ちゃんもできるんだ」
「そうだよ。この世界で、父ちゃんとあたしだけができるんだ」
誇らしい表情のティシャが胸を張る。すごい友だちができたものだ、と、シルフィは自分まで誇らしくなってしまった。
すこし閉じているように感じる空間で、自分が操る風が遊ぶように吹き、不思議に落ち着く音が鳴り響き、きらきらと輝く蝶の絵が飛び回る。まるで暖かい日の昼寝で見る夢のようだ。
「こんなの、いつも持ち歩いてるんだ」
「そうだよ。あたしらは、色を操る部族だからね。こういったものは、身体の一部みたいなものなのさ」
シルフィは指笛を時々やめては目の前の光景に見とれ、さらにティシャと何度も顔を見合わせては笑った。
やがて日が傾き始めたので、帰ることにした。
荷物を片づけているあいだに風は止み、また音は消えてしまった。蝶の形の色粉も色をなくす呪文を唱えたあと、崖の外へと飛んで行くように頼まれて、シルフィが指笛で誘導した。
そして崖を越えて帰路につこうとしたとき、誰かの声が聞こえた気がした。
「今の……」
ティシャも首を傾げながら訊いてきた。頷き返し、足を止めてあたりを見回す。しかし、見えるのは岩ばかりだった。
「気のせいだったのかな」
「うーん。それこそ、風のせいで人の声みたいに聞こえたのかもね」
そう結論づけ、歩き出そうとしたところで、また声を聞いたような気がした。