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そのすこし前、甲板では、勝敗が決していた。
人数こそデヒティネのほうが多かったが、いかんせんただの商船乗りと、略奪に慣れた相手とでは、戦闘能力に違いがあり過ぎる。
乗組員たちは次々と打ち負かされ、武器を奪われて、しかたなく投降するしかなかった。
さすがに海盗賊たちも無駄に殺すつもりはないようで、いったん負けを認めさえすれば、攻撃の手を止めた。
しかし、反撃を封じるために、動きを取れないように手足をロープで拘束したうえで、何人かをまとめて一本のロープで、マストの周りに縛りつけた。
ひとりが無理にひっぱるようなことがあれば、他が締めつけられるので、思うように身動きが取れないという仕組みだ。
唯一、ケリーソンだけは別の扱いだった。首もとにナイフの刃をあてられ、船尾楼まで連れていかれる。
そこには、すでにジェリーが引き離され、誰も掴んでいない舵輪を背に、腕を組んで甲板を見渡す男がひとり立っていた。
海盗賊たちはみんな短い髪をしていたが、その男だけが、長い髪を後ろでくくっている。
頬と腕には大きな傷。目はまるで油を含んでいるようにぎらぎらと光っていて、どこか狂気じみた雰囲気があった。
「ギャンタイコォ」
ケリーソンを連れてきた男は、名前を恭しく呼んだ。
どうやらこの男が首領のようだ。
タイコォというのが、このあたりの現地語でのちょっと荒っぽい尊称なのは、ケリーソンも知っていた。
「おまえが船長らしいな」
ニヤリと皮肉な笑みを浮かべ、ギャンタイコォと呼ばれた男は船乗り語で話しかけてきた。
隣には、頭ふたつ分は背が高く、さらに横幅となると倍近くある筋肉隆々の男が並んでいる。
年齢は首領よりすこし年上のようだが、右腕といった雰囲気だ。この男の身体にも、いくつもの古傷が縦横無尽に走っていた。
突っ立ったままのケリーソンの目の前、鼻と鼻がぶつかりそうなほど近くにおりたつと、ギャンは、日に焼けた顔に尊大そうな笑みを浮かべたまま、気取った調子で訊いた。
「金庫はどこだ」
ケリーソンは顎を軽くあげ、答える。
「なんの話だ」
その態度に苛立ったのか、ひと呼吸おいたあと、右から力まかせに拳で殴りつけてきた。
ケリーソンは足をぐらつかせたが、すぐにまたまっすぐな姿勢に戻り、血の混じった唾を足元に吐いた。口のなかが切れたらしい。
「今さらしらばっくれてもしかたないだろう。あり場所を吐けよ」
まったくもって、相手の言う通りではあった。今さら抵抗したってしかたがない。
しかし、そこで素直に白状するのは、どうしても気持ちが許さなかった。
船なんていう限定された生活環境に長期間耐えながら、遠路はるばる手間暇かけてやってきたのは、海盗賊にみすみす努力の成果を奪われるためではないのだ。意地を張りたくなっても、しかたのないことだろう。
「死にたいのか」
ギャンは、ケリーソンから奪った拳銃をこめかみに当ててきた。
顔が引きつりそうだったが、なんとか耐えた。
そんな台詞を言っていても、殺しはしないことはわかっていた。
すくなくとも、目あてのものがどこにあるかわかるまでは、殺してしまっては元も子もないはずだ。他の船員には教えてないことくらい、船の世界に詳しい人間なら、見当がついているだろう。
まあ、あくまでそんな理屈が通用する相手だと想定して、の話ではあるが。
しかし相手は、ケリーソンをこれ以上脅してもしかたがないとすぐに気づいたらしい。
右腕の男に、彼らの言葉でなにかを命じた。
男はのしのしと近くのミズンマストに寄ると、縛りつけられていたトバイアスの咽喉に、手にしていた曲がった剣の刃を当てた。船の帆と同じように、これもこの地方特有の形をしている。
「船長ぉぉ~~」
トバイアスが情けない声をあげる。額には脂汗が浮いていた。
「わかった、わかった、教える」
ケリーソンは観念して言った。
「よし、俺はこいつを連れていく。アイユ、おまえは甲板で見張ってろ」
そう言われ、トバイアスに刃を当てていた男は、不満そうな息を漏らした。
続けてなにかを言い募る。しかしギャンは首を振った。
どうも、アイユと呼ばれた男が自分もついて行きたいと言ったのを、断ったように見えた。
答を聞いたあとも不満気な表情のままのアイユに、どうやらこの連中は一枚板というわけでもなさそうだ、とケリーソンは察した。
もしかしたら、それをうまく利用できるかもしれない。そう思い、機会を窺うことにした。