文字数 847文字

 家路への帰り道、ティムはご機嫌だった。言われた通り、素直に帰るなんて珍しい。
 理由は、ごちそうだけではなかった。
 明日、シルフィを連れてデヒティネという船を訪ねてみることになったのだ。

「風呼びなんてのになったら、おまえ、船長並みに扱われるような大事な仕事だって話だぞ。だいたい、いつの間に指笛なんて覚えたんだ」

「樽重しのじいさんの真似してみただけだよ」

「あのじいさんか……」

 それは、港の一種の有名人だった。
 放置されている樽を見つけるとそこに座って、一日中でも指笛を吹いている。やめろ、と言ってもボケているのか、まともな受け答えもできない。
 いつしか、あのじいさんは樽が転がらないように重しになってやってるのさ、という冗談がお馴染みになり、そんなあだ名がついたのだった。

「で、結局、風呼びって、どんな仕事するのさ?」

 シルフィは素朴な疑問を父親に投げかけた。
 港の傍で育ち、憧れの目で船を見上げることはあっても、乗ったことなど一度もない。そのなかでの役割がどうなっているのか、なんてことには、実はあまり詳しくなかった。
 しかし、訊かれたティムのほうも、知識はシルフィと大差ないらしかった。

「そりゃおまえ、金になる仕事なんだろ。見習いがどうのなんていうなら、きっと特殊技術が必要なんだろうな。名前からして、多分風に関係するなんかだろ。帆船なんだし」

 そんなふうに、しどろもどろを強い口調でごまかしているような答しか返ってこなかった。
 シルフィはため息をつき、それ以上訊くのをやめた。どっちにしろ、明日行ってみればわかることだろう。
 ティムは自分の知らないことを質問されるのが嫌いだ。これ以上突っ込んだら、まず間違いなく機嫌が悪くなる。
 帰りを待っているホリーの顔が浮かび、今日は家族みんなが機嫌よく過ごせるようにするほうを選ぶことにした。
 家に着くと、ドアを開ける前から、いい匂いが漂ってきていた。
 ティムはあからさまに手を揉み始め、笑顔を浮かべながら家へと入る。
 ホリーの明るい声が迎えた。
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