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ティシャは暗がりのなかで、身動きもろくに取れずにいた。
洞窟で捕まったらすぐに、檻に入れられた。それから二人組のひとりが誰かに報告にいき、妙に洒落た格好をした優男を連れて戻ってきた。力ではかなわないだろうに、二人組はこの男に頭が上がらないらしく、叱りつける言葉に口答えもせず、黙って指示に従っていた。
「すぐにずらかるぞ。大ごとになると、握りつぶすにも限界がある。荷車を寄越すから、さっさと箱に詰めて港に運ぶんだ。俺は先に行って、船を手配しておく」
どうやら、この状況を仕切っているのはこの優男のようだ。もしかしたら後で役に立つかもしれないと、ティシャはそっとポケットから粉の筒を取り出すと、相手に気づかれないようにして背中へ蝶の印をつけた。
そのあと荷車が着くと、檻にいた他の人間と一緒に、木箱に入れられた。まるで荷物を重ねるように入れられて参った。
同じような木箱がもうひとつあり、残りはそれに入れられていた。
荷台に積まれ、連中が傍を離れた隙に蓋に頭突きをして開けてみようとしたが、効果はなかった。
しかたがないので、しばらくおとなしくして様子を窺うことにする。
あまりにも窮屈な環境では、姿勢を保つのもやっとだ。
弱り切って身じろぎもろくにできない自分以外の人間を、それでも痛い場所を踏んだりしないように気をつけながら、ティシャはなんとか箱の上部にある空気穴の近くに鼻と口を持っていった。
やがて荷車が動き始めた。
いよいよ切羽詰まった状況になってきた。
突然、身体じゅうから嫌な汗が噴き出してくる。怖れの感情が石になって覆いかぶさってきたようで、それになにもかもが潰されるような気になった。
なんとかそれに引きずられそうになるのを
シルフィがきっと、誰かを連れて戻ってきてくれる。
それを信じて、せめて行き先だけでもわかるようにと、せまい空気穴からなんとか筒の先を出し、粉を飛ばす。
どこに落ちるのか見届けることはできないが、とにかく呪文を唱え、道端の石でも草でもいいから印が貼りつくようにと祈った。
ガタゴトとうるさい荷車の音が、これに関しては役に立っているらしく、御者席にいる二人組は気づいていないようだった。
やがて、入ってくる空気に、潮の匂いが混じってきた。
港に近づいているらしい。
しばらくして荷車が止まり、さっきの優男らしい声が、手配した船について説明していた。またすこし移動したあと、今度は空中に吊り上げられる感覚があった。
船の積み荷として扱われているのだろう。助けに来てくれた人間に、ちゃんとわかるだろうか。ティシャの胃が、きゅっ、と痛くなった。
それでも諦めず、蝶の印を飛ばした。
今は、助けが来ると信じること。それしかできることがなかった。